No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
Scientist Interview

── 魔法のような技術ですね。光触媒を利用する技術は、いつごろ開発されたのでしょうか。

現在 東京理科大学学長の藤嶋 昭先生が、大学院生だった当時、酸化チタンを水分解の電極に使うと、光エネルギーで水が分解される現象が起きることを発見しました。指導教官だった本多健一先生と共に研究を進め、今ではこの現象を「本多-藤嶋効果」と呼んでいます。その後、1970年代のオイルショックによって、エネルギーの調達不安で世界中が大騒ぎになったとき、エネルギーを自給できる可能性を秘めた技術として、光触媒の研究がブームになりました。

ただし、酸化チタンは白色の物質であるため、可視光を吸収しないという欠点がありました。紫外領域に当たる波長が約400nmより短い光までしか吸収しません。このため、太陽光エネルギーを最大2、3%しか利用できないのです。太陽光エネルギーを利用することに、応用の意義がある技術だったため、可視光を利用できない特性は致命的でした。色のついた光触媒となる材料の探究が進められましたが、なかなか適した材料が見つからず、研究が頓挫してしまいました。1980年頃のことです。そして、欧米の研究者は次々と研究を諦めていきました。しかし、日本だけが東京大学の堂免一成先生(当時東京工業大学)らを中心として、コツコツと研究を続けていたのです。

光触媒は日本のお家芸

── 産みの親も、育ての親も日本人の技術なのですね。

そうですね。そして、20年の沈黙期間を経て、可視光を吸収して光触媒として利用できる新しい材料、オキシナイトライドが見つかりました(図3)。Ta5+やTi4+などd0型*1の電子配置を有する遷移金属*2イオンを含む酸化物中の酸素の一部を窒素に置換したものです。材料そのものに色がつき、可視光領域である600nmや700nmまでの光を吸収できます。

可視光を吸収するオキシナイトライド
[図3]可視光を吸収するオキシナイトライド

この材料が見つかり、2005年頃以降、一気に太陽光エネルギーの変換効率が上がりました。それまでの変換効率は0.01%にも達しない、計算できないほど低いものでしたが、新材料によって0.2%にまで上がりました。最近では東大の堂免先生のグループが1.1%という研究成果を報告しています。そして、この材料の生産方法などに開発の焦点が移り、ブームが再燃しました。

私が光触媒の現象を初めて知ったのは、学部の3年生で、ちょうど新しい材料が発見されて光触媒として利用できそうだという感触が得られ始めたころでした。研究内容を堂免先生から見せていただき、光触媒の面白さ、何よりもその単純さに魅了されました。水の中に粉を入れて、光を当てると水素と酸素がボコボコと出てくるのですから、単純におもしろいですよね。そして、研究に参加したのですが、ひとたび足を踏み入れたら、新しい材料を生み出す苦労が待っていました。それもまた面白く感じましたが。

光触媒材料はミクロ化した実験装置

── 光触媒という現象は、どのような原理で起きるのでしょうか。

光触媒となる物質で起きている現象は、水の電気分解の装置を粉粒大まで小さくして、外から電気を流すのではなく、光による起電力で起こしていると考えればよいかと思います。中学校の実験で扱う水の電気分解の実験装置では、水に電流を流すための2つの電極を、離して配置しています。これに対し光触媒では、電極を一体化させたものが光触媒の粉粒に相当するので、1個の粉粒のある表面から水素が、また別の表面から酸素が出てきます。

粉粒の内部に分解に必要な電流(電子)が流れる仕組みは、太陽電池に似ています。半導体である粉体に光を当てることで、負電荷の電子と正電荷のホールを生成し、電極となる側の表面へと動くことで電流が流れます。そして、水が酸化されて酸素が、還元されて水素が出てきます。電気分解の装置が1つの粉体の中で完結しているのです。

── 前田先生は、研究に参加してから、どのようなテーマで光触媒の研究に取り組んできたのでしょうか。

私が研究に参加したころには、オキシナイトライドが光触媒として利用できることが分かっていたのですが、実際に水を分解することが困難な状態が続いていました。光触媒を理想的な状態に作り、また作った物質を使いこなす技術を確立できないと、分解できないのです。これは、粉粒内に格子欠陥が多く残っていたり、表面部に水素や酸素を発生させる部分がうまくできなかったり、またオキシナイトライドは半導体なので不純物の混入具合で特性がガラリと変わってしまったりするからです。私の研究では、水を安定して分解できるオキシナイトライドの作り方と、その利用法を探りました。

── 目的は達成できたのですか。

かなり苦労した末に、修士課程に在籍していた時に、よりよいオキシナイトライド系の物質を見つけました。青色発光ダイオードで有名になった窒化ガリウムと酸化亜鉛が原子レベルで混ざり合った(固溶体)材料が、可視光である500nm付近までの光を吸収し、水を水素と酸素に分解できる安定した光触媒材料であることを見つけたのです(図4)。さらに、合成法を工夫して材料の質を高めることもできました。光で生み出す電子とホール *3は不安定なため、質の悪い材料では分解には至らないのですが、その問題を解決できたのです。

水を安定して分解できる材料を発見
[図4]水を安定して分解できる材料を発見

[ 脚注 ]

*1
d0型: 原子核の周囲に分布する、電子が存在できる空間のひとつがM殻。そのM殻領域の3種類の電子軌道(1個のs軌道、3個のp軌道、5個のd軌道)のうち、d軌道が空の状態をd0型と呼ぶ。
*2
遷移金属: 多くの元素では、原子番号が増すに従って、原子中の電子が原子核に近い領域から順番に詰まっていく。これに対し、遷移元素(金属であるため遷移金属と呼ぶこともある)は、順番に詰まっていかないため、特異な性質を示す元素が多い。
*3
電子とホール: 半導体中の価電子にエネルギーが加わり、負電荷を持つ伝導電子へ引き上げられることで、本来価電子があった部分に生まれる正電荷の抜け穴のこと。半導体の中で正電荷を伝導する役割をする。

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