No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
Scientist Interview

植物の光合成を模して、
社会を動かすエネルギーを得る

2016.11.30

前田 和彦
(東京工業大学理学院化学系 准教授)

私たちは、暮らしや社会活動を営む中で、多くのエネルギーを消費しているが、地球上のありとあらゆるエネルギーは、さかのぼれば太陽に行き着く。近年では、太陽光発電システムを活用して、太陽から利用可能なエネルギーを直接得られるようになった。しかし、人類が現れるより遥かに古くから、植物は光合成を営み、太陽エネルギーを直接利用していた。人類はついに、環境にやさしいことこの上ない、植物だけが行ってきたエネルギー利用法を手中に収めつつある。その技術が「光触媒」である。太陽光によって化学反応を促し、どこにでもある水を、社会を動かすエネルギー源として活用できる水素に変えてしまう。日本が世界をリードするこの技術の研究に携わる、東京工業大学理学院化学系准教授の前田和彦氏に、光触媒のインパクトとこれからの展望を聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭)

太陽の力を活用して、水をエネルギーに変える

── 光触媒とはどのような技術なのでしょうか。

植物が行っている光合成と同様に、光を使って人工的に化学反応を起こす技術と考えれば分かりやすいと思います(図1)。植物が光エネルギーを固定化している仕組みを、社会で活用できるエネルギーを得るために利用します。

植物を模して、太陽のエネルギーを固定化
[図1]植物を模して、太陽のエネルギーを固定化

植物は、地球に注がれている太陽光エネルギーの0.1%を光合成によって固定化しています。これは電力に換算すると、約1000億kW相当です。一方、現在の社会活動を支えるために必要なエネルギーは約100億kWであり、植物が固定化しているエネルギーの1/10に過ぎません。そのため、太陽光を使ってエネルギーを固定化する技術は、とても大きな可能性を秘めていると言えます。

ただし、植物は地球上の広い面積に分布することで、これだけたくさんのエネルギーを固定化しています。人工的な仕組みを植物の分布と同じくらい広くばらまいて化学反応を起こそうとしても、そう簡単にはいきません。太陽電池は、かなり高効率で光を電力に変換できるのですが、例えば太陽光エネルギー変換効率10%のデバイスを使って、2050年に人類が必要なエネルギーの1/3をまかなうためには、50km四方のプラントが約1万箇所必要になります。高価な太陽電池を、それほど広範囲にわたって設置することは非現実的です。そのため、もっと手軽に、さまざまな場所で光エネルギーを固定化できる方法が必要とされています。それを実現するのが光触媒なのです。

水に粉を撒くだけで水素が出てくる

── 光触媒を使って、どのようなエネルギーを得ようとしているのでしょうか。

光触媒の利用により、身近な物質からエネルギー源となる化学燃料を作り出すことを想定しています。例えば、水を電気分解すれば水素と酸素が得られます(図2)。水素が得られれば、アンモニアやアルコールなど化学品の原料としても利用できますし、燃料電池によって電力として利用することも可能です。

太陽光だけで水から活用できる水素を得る
[図2]太陽光だけで水から活用できる水素を得る

しかし通常は、電気エネルギーを外部から加えないと水は分解しません。私たちが開発している光触媒では、粉状の光触媒を塗りつけた板を水に浸し、そこに太陽光を当てるだけで、水を水素と酸素に分解できます。必要な設備の仕組みは、極めてシンプルです。このため、太陽電池よりも、広い面積に展開できる可能性があります。

光触媒作用という現象自体は古くから知られており、既に身近な場所で使われています。光触媒を起こす材料を壁に塗って、汚れを分解してしまう光触媒コートの建材などが実用化され、大きな市場が形成されています。

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