技術を手にした後、使い方が生まれる
石川 ── たくさんの端末を同時に繋げられるという5Gの特徴ですが、これは現状でも別の技術で可能になってきています。また、大容量化や低遅延化という恩恵を受けるのには、まだ時間がかかるとも言われています。
本来なら5Gをクルマの自動運転で使えるといいのでしょうが、実現させるには法的なハードルも高いし、もう少し先になると思いますね。森川先生は5Gがもたらす未来をどのようにお考えですか?
森川 ── やはり本命は大容量化です。振り返ってみれば、通信の大容量化は昔から不要だと言われ続けてきました。古くは「光ファイバで1ギガを各家庭に当てるのはオーバースペックではないか」と言われていたくらいですから。
人間の想像力には限界があるので、現在も4Gで十分だという人はたくさんいます。しかし、3Gでも4Gでもそうでしたが、ユーザ体験が増えれば、みんなが使い方を考えるようになるのです。5Gもおそらく同じだと思います。通信がじゃぶじゃぶ使えるようになったら、それを使いこなすアプリを誰かが考えるものですよ。
石川 ── 社会が技術を手にした後で、いろいろ考えていくようになっていくという説には同感です。3Gを普及させる時に「テレビ電話ができますよ」とアピールしても響かなかったわけですね。「別に顔を見て電話したくないしなぁ」という反応が一般的でしたから。
それがいまや多くの人がスマホでSkypeやLINE、FaceTimeで普通にビデオ通話をしています。それはなぜか。昔はテレビ電話を使う時に1分あたり何十円も取られていましたが、大容量の通信データが流せるようになって実質的に無料になったからです。新しい技術が恩恵をもたらし、その結果サービスが生まれ、その技術がさらに広まるという連鎖が起きる。5Gもこういう状況になれば、いろんなものが登場するのだと思います。
投資回収を技術者が考える時代へ
石川 ── 日本における5Gの普及は、やはりNTTグループが引っ張っていくと見ています。東京オリンピックはNTTグループがスポンサーということもあり、2020年までには是が非でも普及させようという感じです。それに対してアメリカンスピリットのソフトバンクは、どのように一緒にやっていくのか。そしてもう一方のKDDIは、むしろ5GよりもIoTに力を入れている印象です。
森川 ── 通信分野の研究では日本が世界を圧倒的にリードしていて、諸外国からも一目置かれています。歴史的に日本は無線技術が特に強いんですね。しかし、その技術がどの日本企業でもビジネスにつながっていないのは悩ましいところです。
石川 ── 3Gまでの日本の通信技術はガラパゴスというか、世界的に先頭を行き過ぎていたように見えます。4Gや5Gに関しては、世界の先頭集団を動くような感じでアメリカや韓国と歩調を合わせて進んでいますね。
韓国は2018年に平昌オリンピックを開催する絡みで盛り上がっています。アメリカは国土が広いので、固定回線の代わりとなる高速回線として、家にわざわざケーブルを引かなくても5Gで通信できますよ、という売り込み方をしている。おそらく2019年には始まるのかなというところです。
森川 ── 4Gの時代までの日本の研究者は、とにかく「最高の技術を目指せば良い」という意識でした。5Gの時代を迎えて「誰が使うのか」「ユーザが何を求めているのか」といったことを意識しつつ、企業との連携も考えているところが大きく違います。ユーザ企業とディスカッションしながら「一緒に5Gを考えていきましょう」と。
そういう出口側、使っていただく方のことを、4Gまでは考えていなかったように思います。これからは私たち技術者が、「外に出ていく」という感覚が必要になっています。
石川 ── NTTドコモを見ていても、これまでとは確かに違いますね。「+d(プラスディー)」と彼らは言っているのですが、とにかくいろんな企業と組んで5Gを盛り上げていこうとしている。5Gが完成するまでに、できるだけ多くの企業と組み、どんなことができるのか試している状況です。
例えば、東京スカイツリーの上の方に4Kや8Kのカメラを置き、そこからの映像を5Gで流せるようにするとか。*1東武グループでは、特急車内でも快適に5G通信ができるようにすることも考えています。また、フジテレビではアイドルのイベントなどをAR体験できるようにする計画もあって、それらを2020年までに実現させようとしています。
森川 ── 総務省や欧米の動きを見ていて、今までと根本的に違うと思うのが、「5Gがどういう業種で使えるのか」という話題が本当に多いことです。今までの国内外の会議では技術が前面に出ていましたが、今は「その技術を、どこで、どのように使うか」というテーマが非常に多くなっている印象です。
石川 ── キャリアからしても、格安スマホが出てどんどん通信料金下がっていく現状があって、2020年はもっとスマホが安くなると予測している。その時に投資を回収できるのかという課題を抱えています。
森川 ── そうですね。技術者もそういった投資回収をしっかり考えなくてはいけない時代になりました。5Gを普及させるにあたっては、アンテナをたくさん設置しなくてはいけません。ユーザが何を求めているかをきちんと把握しながら、一歩一歩進めていく必要がある。昔はなかった5Gハッカソン(開発イベント)なども頻繁に行われていて、時代が変わったと思います。
身も蓋もない話をすれば、新しい技術はたくさんお金をかければ定着させられます。しかし、費用を抑えつつ、どこまでニーズに応えていけるのか。そのバランス感覚が私たち技術者にも求められています。