まずはピンポイントで使われる
石川 ── 技術はすでにあり、後はお金さえかければ普及するという段階なので、5Gは社会にじわじわ広がっていくと思います。2020年に5Gのサービスがスタートすると、すぐに生活が変わりますということではなく、おそらく数年かけて浸透していき、気がついたら5Gが当たり前の社会になっているのでしょうね。
森川 ── 5Gという技術規格はちょろちょろ系から大容量まで全部やるということですから、ダイバーシティがすごく広いのですね。すべてを重要視しないといけませんから、普及への壁がそれだけ高い。したがって、「お客さんが必要なところはどこか」というニーズを把握しながら、ピンポイントで戦略を立てている状況です。
石川 ── 今は全国津々浦々まで普及した4Gも、最初は3Gと共存していたわけですよね。おそらく森川先生がおっしゃる通り「ピンポイント戦略で5Gを普及させる」ことから始まるのでしょう。
例えば、野球のスタジアム内で5Gを利用できるようにして、その中では快適にスマホが使えるといった利用法が考えられます。それが本当に遅延なく通信できれば、他のスタジアムからの中継を見られますし、各選手の情報やホームランを打った後のインタビューなどもスマホで瞬時に見られるようになります。
今のWi-Fiでは不可能な5万人の端末の同時接続というのも、5Gでは可能になってくる。球団なり球場なりがそうした活用法を考えるようになると、新しいサービスの形が出てくるのでは、と期待しています。
── ICTを活用した「ボールパーク構想」のような動きは、アメリカのスタジアムで発達していますね。
石川 ── ああいった取り組みが日本でも実現できるといいですね。数年前、鈴鹿サーキットを取材したのですが、それはホームストレート前のメインスタンドにソフトバンクがWi-Fiルータを設置し、手元のスマホでレースの中継を見せるという実証実験でした。
鈴鹿サーキット全体は1周5.8kmくらいあるコースなので、遠い場所で起こったクラッシュなどは観客席から見えないんですね。そういったサーキットで起こった出来事の全部を中継で見せようという試みです。しかし、実際には遅延だらけで、映像が2周遅れくらいで流れてきた。それでは全然意味がないのですが、5Gであればリアルタイムで見られる可能性が十分にあると思います。
社会インフラのモニタリングにも
石川 ── 今、森川先生の研究室で5Gに関連して力を入れているのは、どのようなところでしょうか?
森川 ── 目指しているのは、工場の無線化です。今は機械を制御するためにケーブルを引いているわけですが、やっぱり有線は大変なので、すべて無線にしたい。そこで要求されるのは、信頼性とリアルタイム性*2なんです。
この2つを担保すれば、小さなロボットみたいなものをズラッと100台近く並べ、無線で制御することもできるはずです。鉄板などがロボットの動きの邪魔をしても、ちゃんと100台が動いている場面をデモで見せたいと考えています。
従来の工場は、特殊な専用ケーブルで機械を制御していました。しかし、昔は無理だったことが段々できるようになっています。どれくらい先かはわかりませんが、すべての有線が無線に変わる日は訪れると思いますよ。
石川 ── 家の中だって、今はいろいろ配線しなければいけないじゃないですか。テレビやパソコンのケーブルとか、なくなってくれるといいですね。さまざまな家電が無線で自動に繋がり、ソファに座ったらテレビが勝手に映るとか、そのテレビに連動してスマホから情報を流すとか。IoTの未来像として、そういった方向性もあるでしょうね。
森川 ── ATMの無線化にも挑戦したいですね。あの機械の中を開けると、ものすごい配線になっていて、非常に劣悪な電波環境なんです。その中で無線化通信を信頼性高くやるのはかなりチャレンジング。そういった見えないところでの無線化が着々と進んでいく感じがします。面倒なところをどんどん無線で置き換えていきたいのです。
石川 ── 他に面倒なところというのは、どこがありますか?
森川 ── 将来的には、インフラモニタリングに使えると考えています。橋や水道管といったところに無線のセンサを付ける。今は橋をモニタリングするのにも有線を引かなければいけませんから。
石川 ── 実現すれば、メンテナンスコストも削減できそうですね。
森川 ── 昨年のモバイルワールドコングレスでエリクソンが発表した「スマート・マンホール」は、まさにSIMが入ったマンホールでした。下水道の中に設置したセンサからのデータを、マンホール経由で送信できるのです。
首都高の橋にセンサを付けてデータを集めるのにも協力しました。ああいったインフラにセンサを付けた場合、いろんな障害物があって電波が飛ばず、なかなか思った通りにいかない。ノウハウが必要な世界なので、使いやすくするには、地道な技術開発が必要です。