No.008 特集:次世代マテリアル
Cross Talk

磁界で反射率が変わる。

富永 ── この超格子(自然界にない物質であり、人工的に薄い膜を規則正しく配列させた結晶構造)はシリコンの上にでもガラスの基板の上でも作れるのですが、最近おこなった実験ではガラスの下に磁石を置くと、磁石のN極とS極の向きによって光の反射率が変わるのです。通常では、多重反射を考えても絶対に反射率は変わりません。電界と磁界の普遍的な挙動を表す方程式をマクスウェルの方程式と呼びますが、静磁界が静電界を変えることはあり得ません。時間微分(電界や磁界の単位時間当たりの変化)があって初めて電流が流れたり、その逆が起きたりする訳ですから。静磁界と静電界で光の反射率が変わることもあり得ません。ところが、この超格子は反射率の変化だけで磁石の向きがわかるのです。その変化は1%しか変わりませんが、それでも大きな発見です。

知京 ── それは物理学を変えてしまうかもしれませんね。 ちなみに、光と磁性の確認ができるとなると、光のスイッチのオンオフができますか。

富永 ── できます。

知京 ── そうすると、電子デバイスは電気的にオンオフしますが、光と磁性でもオンオフできるようになり、選択肢が二つ増えます。同じ構造で違うタイプのセンサ、例えば、光センサと磁気センサを一つのデバイスでできますね。

富永 ── マルチフェロイック*1ですね。

熱電素子の熱伝導率と電気伝導率を独立に制御。

知京 ── 材料の観点からお聞きしたいのですが、アンチモンやテルルは見方を変えると電子を多く含む、いわゆる熱電変換素子*2にもなります。資源の問題から、それを他の材料に替えようという努力が今なされています。今のアンチモン、テルル、ゲルマニウムを他の材料に変えることは可能でしょうか?

富永 ── 我々は、超格子をやっている時から熱電変換素子についても興味を持って論文をウォッチしています。ドイツのグループでSbTe3という材料と、Bi2Te3という材料を交互に積み重ねた構造(これが超格子構造)を試作し、熱から電気への変換効率が1(あるいは100%)を超えるような結果が得られました。ただ学会で話をすると、トポロジカル絶縁体についてはよく知らないようです。我々の見方からすると、SbTe3とBi2Te3を積層するのではなくて、SbTe3とGeTe3との間に通常の絶縁体などフォノン*3を増加させる材料を間に挟んで超格子構造にしてトポロジカル絶縁体を組み上げていくと、熱電変換材料の性能指数Zはもっと上がると思います。この性能指数Zは高ければ高いほど、少しの熱で大きな電気に変換できることを表します。この熱電変換の式は、次のような方程式で表されます。

分母が熱伝導率で、分子がフォノン密度を表します。

今まで単体の材料では、フォノンと熱伝導度の関係を独立に制御できませんでした。これが独立に制御できるようになれば、熱電効率は最も上がると我々は見ています。

知京 ── それは素晴らしいですね。実は我々も昔、酸化物系の熱電変換材料を研究していました。しかし、電子移動度(電子が固体の中を動くときの動きやすさ)とフォノン散乱(固体中に並んだ格子の熱振動によって電子が散乱されること)が必ず相殺する方向に動くので、両者を成立させるのが難しい。それで、構造的に役割分担するものを探そうとしていました。今お話を伺っていますと、トポロジカル絶縁体はすでにそれを分離、独立に制御できるということですので、理想的な熱電変換材料の設計ができる可能性はあります。熱電変換材料ができると、エネルギーハーベスティング*4に使えますね。

ここに材料の面白さが出ていると思います。アンチモンやビスマス、テルルはもともと光の材料として使われてきて、それを富永さんはトポロジカル絶縁体として捉えるという、もう一つの視点が生まれました。これらの材料は熱電変換材料でもあり、一つの材料が、いろいろな側面を持っています。これが材料研究の面白さで、非常に多面的だということです。例えば、TiO2(酸化チタン)というよく知られた材料がありますが、これは白いペンキにも、化粧品にもなりますし、コバルトを入れると磁石にもなります。もちろん光触媒としても有名ですね。同じ材料なのに、さまざまな側面を持つというトポロジカル絶縁体は、材料設計の自由度を増やしたという点でも面白い材料です。

富永 ── 世界を変えたいですね。このような材料は今までありませんから。

知京 ── これから材料の物理を解明し、材料設計の指針を構築して、もっと身近な材料で同じことを再現できれば、夢の材料が生まれますね。残念ながらテルルは毒性の問題がありそうな気がするので、民生用に使う場合にはもう少し使いやすい材料で特性の良いものが出てくればさらに良いと思います。そのためにはまず材料の物理を明らかにする必要があります。この点、材料設計、材料開発に意欲的になりますね。

毒性も問題なし。

富永 ── 安全性に関して言えば、光記録ディスクを1996年ごろに商品化していく中で安全性をいろいろ調べました。光ディスクは、半導体とは違って、がっちりと上から封止されている訳ではありません。記録マークが薄い層(数µm)になっており、それがただ被覆されているだけなので、安全性などの懸念は確かにありました。

各社が光ディスクを出荷する時は、ラットテスト(ネズミに食べさせるテスト)をきちんとやっていました。ラットテストは、赤ちゃんが間違ってディスクをかじってしまうことを想定していましたので、安全性を確保するため行っていました。今もアンチモンやテルルなどは実験室で匂いはしますが、商品の光ディスクでは匂いはありません。また、毒性もありません。逆に、今までコバルトは人間にとって無害だと言われていましたが、今は特定の発がん物質の危険性が指摘されています。

テルルやアンチモンはあまり使われていないから、危ないのではないかと言われてきました。しかし、実際は、周期律表でヒ素がすぐ近くにあったから、テルルやアンチモンは危ないのではないかと言われていただけなのです。

知京 ── 安全面が担保されて、国際的なルールに載って商品として売られてきたことは、安心できますね。そうするとあとは、都市鉱山というか、リサイクルしてうまく回していけば資源問題はうまく行きますね。日本が得意な所ですね。

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