No.008 特集:次世代マテリアル
Cross Talk

トポロジカル絶縁体の未来。

富永 ── この材料で全て置き換えられたら面白いですね。このメモリとDRAM、光通信も全て混載して機能を実現できたら面白いです。

知京 ── これができたら夢のある話ですね。これまでは、他の材料と組み合わせるから界面の問題や整合性の問題が出てきて、みんな苦しめられてきたのですが、一つの材料がいろんな目的に使われるのであれば、苦労しなくて済みますね。いわばスーパーマテリアルというか、これを使ったデバイスが普及するというのは夢のような話です。 ところで、この材料は透明なのですか?薄いものですか?

富永 ── 薄ければ光は通ります。

知京 ── そうすると、フレキシブルな薄い透明なガラスの上にデバイスを作れる可能性がありますね。今まで大変だったことが実現できることになります。

富永 ── 実際に、ガラスの上に超格子デバイスを作ることに成功しています。2014年に発表しています。基板温度はそれほど高くありません。これも2014年の10月に学会発表しています。

知京 ── 僕らが昔、ガラスの上をさわるとディスプレイが表示されるという光景をSFなどで見ましたが、全て透明な中で操作できて、通信もできることが夢ではなくなります。

富永 ── 2014年の8月号か7月号のネイチャーに、オックスフォード大学の研究者が、光と電気を組み合わせ、ディスプレイと何かを組み合わせるというような論文を出しています。あれは衝撃的でした。相変化膜を使ったディスプレイを作っているのです。

知京 ── 将来は、窓や壁にディスプレイ表示を映したり、部屋の中で一部エレクトロクロミック*5のように遮光して真っ暗の状態で何かを映したり、窓ガラスがディスプレイになって、そこでプレゼンするといった時代が来るかもしれませんね。もうプロジェクタを持ってくる必要がなくなり、ディスプレイのある場所まで無線LANでデータを送りそれをスマホくらいのPCで受けるというような時代になるかもしれませんね。 デバイスとしてのスイッチング速度はどのくらいですか?

富永 ── 速いです。ピコ秒*6くらいです。

知京 ── では実用化するための問題は何でしょうか?大型化とか、コストとか。

富永 ── 今、研究が始まったところです。欧州でプロジェクトが始まったところで、今追試を行っているところです。その中で、いろいろな発見に遭遇しているところです。我々はCREST*7で2014年10月からメモリ以外の応用を目指そうとしています。例えば、超格子膜には光磁気特性があります。カー回転*8を起こすと、通常の強磁性体が示すヒステリシス曲線とは違って、ミラー(鏡面)対称の曲線を描きます。これは14年7月に論文が出ていますが、面白いことに440K(167℃)以上で磁性体になるのです。通常の強磁性体では、キュリー点*9という高い温度の手前で磁性が観測されますが、今回はその逆で、高温にならないと磁性特性が発現しないのです。非常に不思議です。

富永 ── これは時間反転対称性を壊しています。その温度以上では、相転移が起こり、時間反転対称性が壊れるために、磁気特性が現れてカー回転を示します。なぜミラー対称になるのか、まだ分かっていません。理論物理学者も参加してくれてその現象の解明を進めています。材料研究者、物理学者、デバイス研究者などが楽しんでいる段階です。

知京 ── 良い材料は最初から良い特性を示します。これは非常にポテンシャルの高い材料だと思います。苦節何十年でモノになる材料もありますが、このトポロジカル絶縁体材料は、短期間でいろんな現象がわかって、しかも明確な特性が出ていますので、その内のいくつかは比較的早く実用化に行くのでしょうね。

富永 ── 我々が見ていて不思議に思うのですが、これまでの3~5Kという極低温の実験で観測されたのはノイズのような小さなデータでした。トポロジカル絶縁体ほどくっきりとその特性を見せた材料はありません。従来の常識では考えられないほどの明確さです。自分たちが測定していても、まさか、こんな値が出るのは信じられないと思うのですが、他の3ヶ所の研究所でも追試してくれて、やはり同様なデータが得られているので、自分たちの実験が正しいと安心しています。サンプル要求も多く、作って欲しいという大学もあります。欧州以外の海外では、米国でも始めています。

知京 ── まさに新しい物理を開拓しつつあるので、将来のノーベル賞級の発見になりそうな期待があります。楽しみです。

富永 ── 実用化されれば可能性はありますが、期待しないで待っています。欲を出すと良くないですから。

知京 ── 身近な材料で全く新しい発見につながったことは、温故知新と言いますか、材料って奥が深いなあ、と感じます。探し求めてようやく見つけたのではなく、「あれ?この材料はこんな性質があったの」ということは、精製や純度などの問題をある程度クリアしているはずなので実用化が楽しみです。

[ 脚注 ]

*1
マルチフェロイック(Multi-ferroic):
誘電率の高い強誘電性と、透磁率の高い強磁性などを同時に持つ物質のこと。
*2
熱(温度差)を電気に変換する素子。端子の一方を冷たい物質、もう一方を温かい物質に接触させると、まるで電池のように電圧を生じる。これを利用して、電池を使わなくても一定の温度を出す物質に接触させておけば発電できるので、エネルギーハーベスティング(注5を参照)に使える。
*3
格子振動を量子化したもので、振動エネルギーは飛び飛びの値をとる
*4
自然界のエネルギーだけで電気を起こす技術。ソーラー発電や風力発電もその一つ。エネルギーハーベスティングは、もっと低い電力を使って電子回路を動かす技術。電池さえ使わない。
*5
電圧を加えると色が変わり、可逆的に応答する有機化学物質
*6
pico-second:
1兆分の1秒
*7
CREST:
文部科学省傘下の科学技術振興機構(JST)が進める、イノベーションを生み出すためのチーム型研究の総称
*8
カー回転(Kerr rotation):
磁界のかかった超格子膜に光が斜めから入り、反射されると、入射時の直線偏光面が斜めに傾いて楕円偏光になる現象。磁界のオンオフによって、光をオンオフさせることもできる。通常の磁性体はヒステリシス曲線を示すが、トポロジカル絶縁体の超格子膜は鏡のように対照的な曲線を描くという。
*9
強磁性体や強誘電体で磁化あるいは大きな誘電率を失う温度のこと。相転移を起こす温度でもある。

Profile

富永淳二(とみなが じゅんじ)
※写真左

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノエレクトロニクス研究部門主席研究員

1959年宮城県生まれ。'90年イギリス Cranfield Institute of Technology(現Cranfield University), School of Industrial Science, Advanced Materials専攻博士課程修了。'91年Ph.D.
TDK開発研究所研究員を経て'97年旧通産省工業技術院産業技術融合領域研究所入所。'01年産業技術総合研究所次世代光工学研究ラボ長、'03年近接場光応用工学研究センター長。'10年からナノエレクトロニクス研究部門首席研究員。'99年通商産業大臣表彰。'00年日本IBM科学賞(エレクトロニクス部門)。'14年Stanford Ovshinsky Award。米国光学会(OSA)フェロー。
カルコゲン化合物や超格子を応用したメモリ等のデバイス研究に従事しています。

知京豊裕(ちきょう とよひろ)
※写真右

独立行政法人 物質・材料研究機構 MANA
ナノエレクトロニクス材料ユニット ユニット長(PI)

1959年生まれ。早稲田大学院理工学専攻科を修了後、旧科学技術庁金属材料技術研究所に入所、量子ドットをつかった発光素子の開発に携わる。1999年、東京工業大学、金属材料技術研究所、無機材質研究所で始まった先導研究「コンビナトリアル材料科学の創成と先端産業への展開」に参加し、三元コンビナトリアル合成法を開発し、その手法を集積回路のゲートスタック材料開発に応用した。その後、この技術を使ってFin型フラッシュメモリ用の材料開発やSi基板上の無極性GaN-LEDの開発など各種材料開発をすすめた。2007年、独立行政法人 物質・材料研究機構発ベンチャーである株式会社コメットの設立に参加し、コンビナトリアル材料合成装置や委託開発のビジネスに参加、現在に至っている。2008年より早稲田大学―物質・材料研究機構連携大学院教授も務める。

http://samurai.nims.go.jp/CHIKYO_Toyohiro-j.html

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニスト。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。書籍「メガトレンド 半導体2014-2023」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)など。

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