No.008 特集:次世代マテリアル
CROSS × TALK トポロジカル絶縁体、未来材料の夢広がる ダイジェストムービー

今、物理学会を騒がせている新材料、「トポロジカル絶縁体」で新材料を見つけた産業技術総合研究所ナノエレクトロニクス研究部門首席研究員である富永淳二氏。これまでは、極低温に冷却しなければその材料の性質を観測できなかった。富永氏が「偶然」と謙遜しながらも、見出した超格子構造のトポロジカル絶縁体は、室温(20〜30℃)で動作でき、しかも再現性や追試実験でも確認できている。表面が導電体で中は絶縁体というトポロジカル絶縁体の未来について、物質・材料研究機構材料ユニットのユニット長である知京豊裕氏と熱く語る。前編ではトポロジカル絶縁体とは何かを中心にお伝えし、後編ではどのようにして発見にたどり着いたのか、どのような応用を展開できるのか、その未来志向の材料の夢を追いかけていく。

(構成・文/津田 建二 写真/ネイチャー&サイエンス)

トポロジカル絶縁体は、どのような材料で出来ているのか?

富永 ── 重い原子で構成されています。難しい話かもしれませんが、スピン-軌道相互作用(電子のスピンと電子の軌道角運動量との結合作用)が大きなカギとなります。もともと磁性体であるコバルト(Co)や鉄(Fe)は、周期律表(前編の注6)の中で比較的軽い方に属していて、トポロジカル絶縁体に使っているテルル(Te)やアンチモン(Sb)は非常に重い原子です。重い原子は、原子核の周りをまわる内殻の電子が非常に高速に運動できるので、スピン-軌道相互作用を生み出します。電子の軌道を回る速度が光の速度に近づくためその分、相対的に大きなスピンの力を生み出せるのです。ここがカギです。重い原子を使わなければ、この現象は見られません。

知京 ── どのようにして、その材料を見つけたのですか?

富永 ── (笑い)それは偶然です。我々は、光ディスク用材料のゲルマニウム(Ge)、アンチモン、テルルという合金材料を実験に使っていました。この合金で結晶状態と非結晶(アモルファス)状態という二つの状態を作り、その間の電気抵抗の差をメモリとして利用していました。例えば結晶状態だと抵抗は10kΩ(キロオーム)程度、非結晶状態では1~10MΩ(メガオーム)くらいありましたので、2~3桁の抵抗値の変化で1と0を対応させるメモリができました。光ディスクでは、結晶と非結晶の反射率の違いが20~30%も違うので、その差を利用して、1、0に対応させていました。

そのうち、省電力化を目指したメモリの開発を依頼されました。どうしたら、この相変化材料を使った省電力メモリができるのかを考えていた時に、合金を使うのではなくて、アンチモンとテルルの合金(SbTe3)と、ゲルマニウムとテルル(GeTe3)の合金という二つの結晶状態を作り出し、ある結晶軸を合わせながら組み合わせると、電気特性が格段に改善されて省電力メモリができることに気がつきました。

すでに出来ていたトポロジカル絶縁体。

富永 ── そのメモリの論文を書いて一安心している時に3.11の東日本大震災に出くわしました。知京さんの研究室もそうだったでしょうが、地震で実験がストップしてしまいました。水道管は3ヵ月くらい全く使えず実験できない状態が続きました。そのような中で他の論文を読んでいましたら、トポロジカル絶縁体という言葉が出てきて、一体これは何だろうと論文を読みふけりました。 (前編で述べたように)、トポロジカル絶縁体は、表面が金属的でバルクが絶縁体です。読んでいくうちに、アンチモン・テルルの配向とゲルマニウム-テルルの配向という二つの状態を揃えたこのメモリも実は、トポロジカル絶縁体かもしれない、と考えるようになりました。そこで、トポロジカル絶縁体であることを検証する方法を考えました。幸いにも、私たち開発したメモリにはすでに電極が付いているので、このまま測定することが可能な状態でした。今までの物理の実験研究者は、小さな結晶(フレーク)に手作業で微細な電極を付けて特性を測っており、それに比べると、私たちの材料で実験するのは簡単なことでした。

前編で述べたように、トポロジカル絶縁体ではスピンの時間反転対称性を壊せば磁気特性が出るはずだ、と考え、測定中に肩こり治療用の小さな磁石を近づけてみました。そうすると電気特性は一気に変わりました。そして離すと、元に戻りました。これにはとても驚きました。私は25年間、相変化記録材料をずっと研究してきて、ゲルマニウム、テルル、アンチモンをずっと使ってきましたが、これらの材料で磁性特性が現れるはずがありません。これまでもこれらの材料単体に磁石を近づけても何の変化も示しませんでした。他の論文を見ていても書いてありません。中国で、これらの材料にコバルトやマンガンなどの元素を添加して磁気特性を測ったという論文はありました。ただし、それは5K(-268℃)のような極低温の世界で測定した結果でした。だからこそ、小さな磁石を近づけただけで特性が大きく変わるということは驚きでした。自分の研究室にいるメンバーを集めて、小さな磁石を用いた実験を示したら、スピンの時間反転対称性が崩れたため磁気特性が現れ、トポロジカル絶縁体を証明できた、とみんな興奮しました。

知京 ── それは新しい材料の発見の瞬間でしたね。

富永 ── そうです。それも室温でしたから。

知京 ── しかもありふれた材料で、室温で観測できたというのはすごいですね。

富永 ── そうです。みなさんの家庭にある書き換え可能なDVDディスクの表面に塗ってある記録材料がトポロジカル絶縁体なのです。ただ、まだ誰もそれを機能させていないだけです。

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