No.006 ”データでデザインする社会”
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政治

世論調査という民意可視化装置

大統領選の予測のために、ネイト・シルバーが最も重用したのは世論調査のデータであった。世論調査は、何も選挙の時だけに行われるものではない。たとえば、ある政権が憲法を改正しようという意志を持っている時、果たしてそれは民意を反映しているのか、という議論(疑問)が生じる。政権は、選挙で有権者の支持を得たのだから、当然、民意を反映しているのだ、という理屈もある。一方で、選挙には争点が複数あり、全ての公約に対してイエスを投じたわけではない、という意見もありうる。そんな時、主にメディアが主体となった世論調査が行われ、政権の意志とは違う"世論"が浮かび上がってくる可能性がある。つまり、世論調査は、選挙とは別のやりかたで市民の意志を可視化する、民主的な装置の一つと言えるのだ。北朝鮮で世論調査が行われたという話は聞いたことがない。独裁的な権力者にとっては、世論調査はもっとも忌避されるものなのであろう。調査の結果は、往々にして政権による国の運営に影響を与えるのだ。

だからこそ、様々な問題も指摘されている。日本では主に新聞社が主体となって、多くの世論調査が行われるが、メディアがある意志を持って世論調査を行い、結果の分析をリリースする、という傾向も否定できない。質問の仕方によって回答(=世論)はある程度方向付けを受けるし、結果を発表する新聞記事でのデータ解釈も、その執筆者の主観や意志(=ノイズ)が多分に混ざってくる。ネイト・シルバーが言っていたように、「適切な問い」が無ければ、得られるデータは正しくないものになる。つまり民意を反映していないものになる可能性をはらんでいるのだ

熟議による世論形成

他にも、"民意"を可視化し、政策決定に取り入れていく様々な方法が模索されている。その一つに討論型世論調査(Deliberative Poll、以下DP)という方法がある。これは、全有権者の中から代表となる人物を何人か選び、その人物が事前に配布された資料を読み、その後に討論に参加することで、あらかじめ設定された問いへの意見を世論調査結果に反映する、という試みである。スタンフォード大学教授であるジェームズ・フィシュキン教授が考案し、日本では藤沢市や神奈川県が実験的に取り入れたこともある。2012年7月から8月にかけては、民主党時代の政府が今後のエネルギー政策の参考のために実施したことで注目を集めた。テーマは、「2030年時の電力に占める原発の構成比を0%、15%、20~25%とするシナリオのどれを選択するのか」という問いが設定されている。選挙や国民投票、世論調査とは違う方法で、民意を把握する方法として、新しい試みであった。結果については公開されている*5

DPは、民意をどう可視化するかという課題に対して、「熟議」の重要性を設定しているという点が特徴である。「熟議」とは、簡単に言うと、対話を重ねることによって正しい答えに近づくことができる、という考え方である。専門家による資料や発表を聞き、質問や討論、つまり熟議を行う。課題の意味をより深く理解し、意見の相違をふまえつつ、有権者は自分の意志を決めるべきである、という考えが背景にある。つまり対話による民意の合意形成は可能だ、という前提に立っているのが、この討論型世論調査という可視化手法である。

しかし、現代において対話はほんとうに可能なのだろうか。たとえばテロ。テロリズムは、対話によって民主的に問題を解決するのではなく、一方的な暴力によって問題の解決、あるいは反対の意志を表明する行為である。私たちの日常の暮らしの中でも、「この人とは話が通じなさそうだな(話をするのをやめておこう)」という感情を持つこともあるだろう。社会は複雑になり、日本だけでも1億人、全世界で50億を超える人たちが居る。そういった環境下で、果たして対話は可能なのだろうか。どんな人とでも、時間をかければ対話は可能だ、というリベラルな理念にたったとしても、物理的に、コスト的に、50億人との対話は不可能であろう。そして、現代社会で国家が扱おうとしている問題は多様でかつ極度に専門化している。専門家によるナビゲートを導入するとしても、では誰が専門家を選ぶのか。熟議はほんとうに可能なのだろうか。

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