No.006 ”データでデザインする社会”
Topics
政治

熟議無しの民意の反映

世界はあまりにも複雑化で、対話によって"民意"を実現していく「熟議」は不可能である、という認識から、全く別の方法も提案されている。その一つが、思想家の東浩紀氏による"一般意志2.0"という考えだ。これは"民意"は、有権者が意識的に行う対話や熟議のみにあるのではなく、日常の行動やつぶやきなどの無意識のレベルにもあり、その全履歴をネットワークとデータベースによって可視化し、民意として提出することが可能だ、というもの。著書『一般意志2.0』で一つの例として描かれていたのは、公共事業の無駄という課題だ。道路の拡張という公共事業が立ち上がったとする。土木関係の利害関係者はもちろんそれに賛成である。一方、拡張によって市民の憩いの場となっていた森がつぶされてしまうことに反対する市民の存在。いまの地方政治でもよくあるこうした光景で、一方は霞ヶ関や地元の国会議員を利用して話しを前に進めるかもしれないし、反対派は住民投票という直接民主主義に訴えるかもしれない。メディアを使ったキャンペーンをどちらかが仕掛けるという方法もあるだろう。多くの場合、こういう戦いを経て、釈然としないものをどこかに残しながら、確実に何かが決定され、行政行為が執行される。*6

東はここでデータを使うことで、民意の可視化が可能だという。たとえば自動車メーカーのカーナビサービスが持っている車の移動のGPSデータがある。携帯電話の移動データもある。twitterやfacebookでこの問題についての発言をありったけ収集してみることもできる。こうした市民の行動という無意識のデータを整理・分析することで、その道路がどのように利用されているかという事実や、さらなる拡張は本当に必要なのかという民意を、ある程度可視化することができるのではないか、というのが東の考えである。熟議的な対話や選挙による民主主義のプロセスと組合わさる形で、こうしたデータベース+ネットワークによる民意が一定の力を持つ世界が到来する可能性は十分にある。データベースとネットワークによる民意の可視化の何よりのメリットは、時間と理解のためのコストが掛かり過ぎる熟議に比べ、政治参加のコストが圧倒的に下がることである。

確かに、ネットワークとデータベースがつくるインターネットの空間は、投票行動の可視化装置として見ることもできる。例えばグーグルの検索アルゴリズムを支えるページランクシステムは、被リンクが多ければ多いほど、価値の重み付けを高くする、というロジックで成り立っている。またアクセス数の大小も評価に取り入れる。ページに書かれている内容や意味については判断をせず(それは人間の仕事である)、リンクの数やクリックの数を一定のアルゴリズムで積み重ねる。このロジックの上では、ページへのアクセスは投票と同じである。リンクとクリックは、イエスまたはノーの意味をもつ投票行動と見なすこともできるのだ。

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.