No.006 ”データでデザインする社会”
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あらゆるモノに番号を振るucode

IoTの文脈で、必ず登場してくるキーワードがセンサーネットワークだ。センサーネットワークというのは、多数のセンサーから無線でデータを収集するための仕組み全般を指す。近年、環境中のエネルギーを取り出す「エネルギーハーベスティング」の技術が進歩してきたことで、センサーネットワークの利用範囲が広まってきている。光や熱、振動、電波を電力に変換することで、バッテリーの充電や交換といったメンテナンスなしに、通信機能付きのセンサーを稼働させられるようになってきた。

2013年には空調ダクトの振動を電力に変換して湿度・温度センサーの電源として使うシステムを竹中工務店が開発しているし、マイクロ波を電力に変換するシステムも世界各地の研究機関で研究が進められている。また、ワシントン大学で研究されているAmbient Backscatterという技術では、環境中の電波から電力を取り出し、さらには(デバイス自体が電波を発振するのではなく)環境中の電波に信号を上乗せすることで、バッテリーなしでのデバイス間通信を実現している。このようなバッテリーなしで動作するセンサーが普及すれば、例えば建造物の状態を遠隔地からモニターするシステムも容易に実現できるようになりそうだ。

そして、世界中のあらゆるセンサーやデバイス、タグの間で、データがやり取りされる、真の意味でのIoTを実現するためには、通信規格や電源だけでなく、「ID」(識別番号)が必要になってくる。インターネットではネット上のコンピューターを識別するためのIDとしてIPアドレスが用いられているが、IoTではデバイスだけでなく、タグが貼られたモノや場所の1つ1つまで識別しなければならない。

坂村健博士が所長を務めるYRPユビキタス・ネットワーキング研究所では、ucodeというIDの体系を開発。ucodeでは約3.4×10³⁸個のIDを識別でき、さらに拡張も可能なため、世界中のあらゆるモノに独自の番号を付けることができる。坂村博士によれば、「1日に1兆個の物に違う番号をつけることを1兆年続けることを1兆回繰り返すことが出来る」(『ユビキタスとは何か』(岩波書店、p.57))という。2012年、ITU(国際電気通信連合)は、ucodeを「H.642.1」という国際標準規格として採用した。

ucodeで想定されている、真の意味でのIoTが実現するかどうかはまだわからない。しかし2020年頃には、今よりもはるかに膨大な種類のデバイスがネットにつながることになるのは間違いないだろう。ウェラブルデバイスを活用した医療サービスや、効率的なエネルギーマネジメントができるスマートグリッドの導入が順調に進んで市場が盛り上がったら、予想以上の勢いでIoTが広まることも十分にありえる。携帯電話にしても、これほどの急激に普及すると予想した人はほとんどいなかったのだ。

IoTが普及した時、「IoT」という言葉はもはや使われなくなり、一般消費者が個々のデバイスの操作を意識することは減っていくだろう。その昔、電話をかけるには分厚い電話帳を見ながらダイヤルを回さなければならなかったが、携帯電話ではアドレス帳から連絡相手を選ぶだけになり、今では相手の名前をスマホにしゃべりかけるだけで、つながるようになっている。IoTでも同じようなことが起こるはずだ。エアコンを操作しなくても室温は快適に保たれ、車を使いたい時には適切なタイミングでカーシェアリングサービスが配車してくれる……。「昔は、よく機械をいじっていたよね」そんな風に今の時代を振り返るようになるのかもしれない。

ワシントン大学で研究されている「Ambient Backscatter」の技術を使って、クレジットカード大のデバイス2台が通信を行っているところの写真
[写真] ワシントン大学で研究されている「Ambient Backscatter」の技術を使って、クレジットカード大のデバイス2台が通信を行っているところ。通信用の電波も、電源も、環境中に存在している電波を利用するためバッテリーが不要だ。http://abc.cs.washington.edu

Writer

山路 達也(やまじ たつや)

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『Googleの72時間』(共著)、『新しい超電導入門』、『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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