No.006 ”データでデザインする社会”
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経済

すべてがデータ化されていく世界で、懸念すべき問題は?

ビッグデータ活用の目的は、あらゆる情報をデジタルデータとして扱い、データ同士の相関関係を見つけ、何らかの効果的な施策を探すことにある。企業や政府としてはできる限りデータを集めたいが、時には個人のプライバシーにも触れてしまうことになる。

それが露呈したのが、2013年7月に起こったSuicaのデータ販売中止騒動だ。JR東日本は、ICカードSuicaの利用データを個人が特定できない形に変換して、日立製作所に販売。日立製作所はデータの統計解析を行って、駅構内のサービス提供などに利用する予定だったが、利用者からの問い合わせが殺到し、JR東日本が謝罪するに至った。この騒動の場合、個人の行動は追えないようにデータ処理がされていたこともあり、法的な問題はないようだが、自分の行動が他人から見えてしまうかもしれない薄気味悪さを多くの人が感じているのは事実だろう。

ビッグデータの活用がさまざまな分野で進むにつれ、こうした問題はますます増加していく。ユーザーのさまざまなデータをもとに開発された便利なサービスがあったら、たいていの人は同意書をそれほど読まずに利用し始めるのではないか。

だが、これはプライバシーに関するルールを厳格化すれば解決するという問題でもあるまい。現代において、個人に関する情報を一切提供せずに安全で便利なサービスを利用するということはほぼ不可能といっていい。さらに、個人を特定する情報を外部に漏らしていないつもりでも、「Aという地域に住む、Bというサイトを週に3度以上利用する、30代前半の男性」といった程度の絞り込みは今でも簡単に行える。個人として特定されずとも、「行動を統計的に把握される」ことは十分にあることで、その精度も今後は飛躍的に上がっていくことになる。

米国のコンピューター科学者であるジャロン・ラニアーは、著作『Who Owns the Future?』で、ビッグデータの活用が進むことで起こる弊害について警鐘を鳴らしている。ビッグデータ活用は経済効率を改善する一方、強力なコンピューティングパワーを得た企業がネットなどからタダ同然にデータを収集して解析し、自社に都合のよい方向に消費者を誘導する。それによって、中間層の仕事は消滅し、社会の二極化はさらに進行、結果的に市場経済が回らなくなる可能性を指摘しているのだ。

ビッグデータの積極的な活用が、プライバシー問題や格差問題を招く可能性はあるかもしれないが、経済活性や貧困問題に対する強力なツールになることもまた確かだ。プライバシーと利便性のバランスや、社会的な活用方法について、パブリックな議論を粘り強く続けながら、私たちはビッグデータの果実を追い求めるべきだろう。

Writer

山路 達也(やまじ たつや)

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『Googleの72時間』(共著)、『新しい超電導入門』、『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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