No.006 ”データでデザインする社会”
Cross Talk

人力でできること、機械でできること

新井 ── Twitterのように物量が多いと、情報の整理整頓というか、検索して分類できないと情報が埋もれてしまって、結局のところ役に立ちません。

東 浩紀*12さんの「民主主義2.0」*13などを見ていても、量が膨大になったときに情報が整理ができないことに関しての感覚が、私たち情報科学者とは違っていて興味深いです。

情報は公開さえされれば、手作業にせよ自動にせよ、整理できる、見つけることができる、と思っていらっしゃるんじゃないかと思うんです。

人工知能の研究では、まだそこまで考えて、検索して、分類できるものは存在しないので、今後なるほどと思う分類ができるかが課題でしょうね。

津田 ── 大多数のゴミの情報の中から、人間の力でいいものを分類するということだと、民主党政権の最後にやった事業仕分け*14を思い出します。

僕はネットユーザーのコメントを拾う係を依頼されたんです。ネットから抽出したコメントを議事進行の中にも組み込んで、一般から質問もできるようにしましょうと。

朝から晩まで事業仕分けをやっていて、Twitterとニコ動*15から大体何千というコメントが来る。95%は野次みたいなコメントばかりなんですが、残り5%に結構、光るものがあるんです。

「こんな質問がネットから来ているんですが、担当の方お答えいただけますか?」みたいに取り上げたら、官僚の人がしどろもどろに答えて。その様子を見て、仕分け人の判断にも影響していったのですね。

そのときに自分の実感としてあったのは、こうしてリアルタイムに判別してまとめる作業は、絶対に人間じゃなきゃできないだろうな、ということでした。

新井 ── 人力でできる範囲と、機械でできる範囲を考えると、人工知能はなかなかまだ難しい。

現状、自然言語処理の最先端といえば、Twitterのタイムラインを分析をして「桃」について言及されているツイートと、「福島産の桃が買われなくなる」という行為の相関や関連を結びつけるような研究です。

それは、どういう言葉がランキングの上位に上がってきたかなどを統計的に計るだけで、決して文脈を追っていないんですね。

人工知能の限界を補正するのが人間

新井 ── 私は、東大の入試問題を人工知能に解かせる研究(ロボットは東大に入れるか Todai Robot Project)*16をやっています。

「英語の問題を機械で解く」というと、多くの方は辞書と機械翻訳ソフトがあれば解ける、と考えます。しかし、機械翻訳ソフトがあることと、それを使えば問題が解ける、ということとの間には、ものすごいギャップがあるんです。

今の機械翻訳は、文章の意味を考えて、理解して、翻訳しているのではなく、「統計的にこういう感じのものだったらこういう出力になります」ということをやっているにすぎないので。

津田 ── そうですよね。機械翻訳の結果を見ると、何かすごく不自然な日本語だなと思うのですが、これはこういうことを言いたいのだろうというのは、何となく分かります。

新井 ── 読む側が意味を補正して分かるという感じですよね。津田さんはSiri*17に話し掛けて「あ、ちゃんと分かっている」という感覚がありますか?

津田 ── たまに心が通じた気がしてうれしくなりますけど、馬鹿だなこの子っていつも思いますね(笑)。

新井 ── まさに、それが人工知能のポイント。答えの精度が上がってくると、分かってくれているとつい思ってしまう。本当は統計の結果から推測しているだけで「分かっていない」のですが、人間の方が「分かっているのではないか」と感じてしまうところがあるのです。

津田 ── 人工知能をサービスや商品に落とし込む人たちは「分かっているように誤解させる」ことがポイントなんですね。

新井 ── そうですね。AIBO*18などが何となく気持ちが通じ合っているんじゃないかと誤解するんですが、ある閾値を超えるとそういう錯覚が生まれやすくなるということなのです。

[ 注釈 ]

*12
東 浩紀: 思想家、小説家。出版社ゲンロン代表。『思想地図』編集長。著書に『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』『クォンタム・ファミリーズ』など。東氏らは、2011年に発生した福島第一原子力発電所事故の記憶を風化させず、人類史に残すことを目的に『福島第一原発観光地化計画』を提唱している。
*13
民主主義2.0: 東氏は、2011年の著書『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』において、ルソーの唱える一般意志を「集合的無意識」だと捉え、現代のテクノロジーによって可視化できると考える。それを反映した熟議をすることで、民主主義はバージョンアップした政治形態に移行できるという。
*14
事業仕分け: 民主党政権の行政刷新会議が、2009年から2010年にかけて行った国家予算の見直し。一般に公開された場において、その事業の必要性に関する議論が行われたのが特徴。
*15
ニコニコ動画(ニコ動): 2006年に株式会社ドワンゴが設立、子会社のニワンゴが運営する動画共有サービス。2007年にはライブストリーミング放送を行う「ニコニコ生放送」を開始、事業仕分け会場を生中継した。
*16
ロボットは東大に入れるか Todai Robot Project: 国立情報額研究所が中心となって、東大の入試を突破する人工知能を2021年度を目指して開発するプロジェクト。http://21robot.org
*17
Siri(シリ): 2010年に企業買収したシリ社の研究開発を使い、2011年からアップルが提供する、iOS向け秘書機能アプリケーションソフトウェア。音声認識と自然言語処理の技術を使った、会話型インターフェイスが特徴。
*18
AIBO(アイボ): 1999年から2005年まで、ソニーが生産・販売していた仔犬型ペットロボットシリーズ。ハワード・ストリンガーのCEO就任により、事業として終了。

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