No.006 ”データでデザインする社会”
Cross Talk

オープンな共有知、クローズドな共有知

津田 ── 新井さんのもう1つのプロジェクトには「ネットコモンズ*24」がありますよね。

新井 ── ええ。2002年くらいに全国の中高生を500人集め、ネット上で「e教室」を作ったんです。オンライン動画で教えるのではなく対話系でやりたかったので、著名な先生を拝み倒して集め、中高生に本当の経済をディスカッションベースで教えるといったことをやりました。この掲示板から本も出版*25しています。

この先も私がこの教室をずっと1人でやっていくのかと考えたとき、e-教室のシステムをオープンソースにして蒔けば、いろんな目的で学校を作ってもらえると思って、2005年にオープンソース化しました。

今では全国3,500ぐらいの学校が利用していて、学校のホームページとグループウェアをネットコモンズで構築するのが流行っています。学校の情報は、子どもの安全と密接に結びついているから、Twitterで流すと困る情報もあるわけです。だから、IDでログインして情報を見ることができるネットコモンズのほうが好まれるのです。

津田 ── それがネットコモンズの大きな特徴ですね。いわゆる表面のパブリックな情報と、IDでログインしたときの情報、両方を提供できるという。単にプライベートモードで使う用途ではないので、表と中のコンテンツが全く異なっています。

新井 ── mixiはある意味そうだったわけですが、それを自分たちの組織で所有して、自分たちが運営するのは新しかったと思います。

津田 ── そうしたとき、社会の共有知みたいなものをどう活かせるのか、という点が課題です。共有知と言っても、いろいろなパターンがあります。TwitterやWebの世界のように全部オープンの場所でみんなで共有するものと、まさにネットコモンズのプライベートな部分のコンテクストと。もしくは利害を同じくする人たちで共有する情報は性質が違う。

今そこに穴が空いているのかは分からないですが、公私混同というか、グチャグチャになっている部分もあるように思うんです。その切り分けは今後どうやってなされるのでしょうね。

新井 ── やはり、バーナーズ=リー*26が言っているような形で、きちんとAPI*27の設計がなされ、情報が集約されて、仕様に意味を埋め込めるようにしておかなくてはいけないと思っています。

オープンデータとしてのAPIの仕様が決まっていて、「こういう形で発信しましょう」となっていれば、例えば、保健所の情報、学校の情報、病院の情報と合わせて、インフルエンザやノロウィルスの流行がもっと確実に、きめ細かく把握できるんじゃないでしょうか。

人口減の社会で人工知能が活躍

津田 ── 人工知能が必要とされるシーンにはカーナビなどがあると思います。かつては軍事技術として使われていたGPSなどがコンシューマに転用されたケースがほとんどでしたが、今はそれこそSiriのような、コンシューマで使われる技術が最先端になっている現象も起きている。人工知能で、次にブレークスルーがあるとしたら、どういう方面でしょうか。

新井 ── 軍事はちょっと分からないので何とも言えないのですが、やっぱり"きちんと読む"ということでしょうか。「私は岡山と広島に行った」と言ったら、「私は」で文節を切って、「岡山と広島」は並列の言葉として理解するなど、文の意味を正確に理解することが課題です。それが今は全然できていません。

津田 ── いつぐらいにその辺りに到達したい、できそうだというイメージがありますか?

新井 ── 2020年の東京オリンピックを目指しています。オリンピックに向けてAI(人工知能)投資が増えざるを得ないんです。ボランティアをいっぱい集める必要があるのですが、人が足りていない。やっぱり人工知能が手伝わないと、もたない世の中になるのです。

国際化しましょうということなら、パブリックな駅の情報だけでなく、学校のホームページみたいなものも英訳する必要がある。それほどコストを掛けられないものをいかに翻訳するかが重要なのですが、一気にやるなら機械がせざるを得ません。

津田 ── 東京オリンピックが決まったことによってグローバル化せざるを得なくて、そのとき実は人工知能とつながってくるんですね。

新井 ── そうです。日本語って、世界でもたかだか1億人しかしゃべらない言葉で、話者の多くがお年寄りになるわけだから、そのときどうするのかは重要なことですよね。

[ 注釈 ]

*24
ネットコモンズ: 国立情報学研究所が開発、オープンソースで提供される情報共有基盤システム。名前の由来は「ネットの上で共有財産・共有知(コモンズ)を築く」こと。外部配信向けのポータルサイトの機能(パブリックスペース)、個人のバーチャルオフィスとしての機能(プライベートスペース)、グループの情報共有のための機能(グループスペース)が、1つのシステムに統合されている。東日本大震災後、被災した多くの学校でも活用された。
http://www.netcommons.org
*25
掲示板から本も出版: 2002年に出版された『数学にときめく』(講談社ブルーバックス)。「学校では教えてくれない数学の考え方と解法数学嫌いの女性たちがインターネットを通して取り組んだとっておきの15題。無限の長さの曲線を描いたり、πの値を求めたり、解いていくうちに数学が好きになる」(Amazonの商品説明より)。
*26
ティム・バーナーズ=リー: 1957年生まれ。World Wide Web(WWW)の仕組みを考案した英国の計算機科学者。1990年にURL、HTTP、HTMLを最初に設計した。
*27
API(Application Programming Interface): ソフトウェアが他のコンピュータから汎用的な機能を呼び出して使うための手続きであり、共通の関数を使うことによってプログラムの手間を省くことを目的に定めた規約。近年ではソフトウェアに取り込める外部データそのものを指すことも多い。

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