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1つの原子から構成されるトランジスタができた

2012.4.9

シリコンシート状に配置された1原子トランジスタの様子
シリコンシート状に配置された1原子トランジスタの様子。左上と右下の赤い部分のリン原子が導線となり、これらが中央に1つのリン原子を精密に固定する。
Photo Credit:© University of New South Wales

コンピューター技術の究極として、多くの研究者が目指していることの1つが、1個の原子で構成されるトランジスタだ。コンピューターに用いられているトランジスタは、電圧の状態に応じてスイッチの役割を果たす。物質の最小単位である原子1個の状態を制御することができれば、物理的に存在できる最小のトランジスタになると期待されている。
これまでにも原子を1個単位で操作する研究が発表されてきたが、豪ニューサウスウェールズ大学のMichelle Simmons博士らは、リンの原子1個をトランジスタとして動作させることに成功した。研究チームは、シリコンのシートを水素の層で覆い、走査トンネル顕微鏡*1を使って水素原子を取り除き、特定のパターンを描いた。このシリコンシートにリン化水素ガスを加え熱したところ、1つのリン原子を正確に固定することができた。Michelle Simmons博士によれば、超微細な基板内の原子1個をコントロールできたのは世界で初めてだという。ちなみに、ニューサウスウェールズ大学の研究チームは原子レベルの超精密技術で大きな成果を続けざまに上げており、2012年1月にはリン原子4つ分で構成される配線技術を発表している。
こうして作成されたトランジスタは、液体ヘリウムで冷却された超低温環境でないと動作せず、動作速度も遅いため、すぐにコンピューター用の半導体として実用化されるわけではないが、将来的な量子コンピューター*2への道を開くものとして期待されている。
また、Michelle Simmons博士は、(量子コンピューターではない)従来型のコンピューターチップメーカーがより微細なチップを開発するためにもこの技術を応用できるとしている。

(文/山路達也)

[ 脚注 ]

*1
走査トンネル顕微鏡:微細な針を物質の表面に近づけ、流れる電流の変化によって原子や分子の状態を観測する装置。
*2
量子コンピューター:従来のコンピューターでは、情報を記録する最小単位のビットは0か1のいずれかの値を取り、これでデータを表現する。一方、量子コンピューターは量子力学的な重ね合わせ状態を用いることで、1ビット(通常のビットとは異なるため量子ビットといわれる)に複数の状態を持たせることができる。量子ビットを利用することができれば、複雑な計算を並列処理できるようになり、超高速のコンピューターが実現できると期待されている。

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