- 植村 啓太
- K's Island Golf Academy 主宰 ツアープロコーチ
- 下地 貴明
- Empath CEO
PRESENTED BY
クロストーク ”テクノロジーの未来を紐解く
前編:メンタル管理の重要性は百も承知、でも手が付かない
人間の身体能力を表現する場であるスポーツの世界では、ITなど様々なテクノロジーが活用されるようになってきた。特にプロスポーツでは、試合の戦略決定やトレーニングなど多くの場面でデータ解析の活用が行われている。一方で、いかなるスポーツにおいても、選手のメンタルな部分が試合の結果に色濃く反映されることは周知の事実である。しかし、これほどテクノロジーの活用が進んだスポーツ界でも、メンタル面を磨き、強くするためにテクノロジーを活用している例はほとんどない。近年、人工知能(AI)などデータ解析技術の進歩によって、人の心理的な状態を推し量ることができるようになった。ゴルフのツアープロコーチとして多くのプロ選手に寄り添ってきたK's Island Golf Academyの植村啓太氏と、声から人の感情を探るAI技術を開発するベンチャー企業であるEmpath CEOの下地貴明氏が、AIなどのテクノロジーがスポーツの進化に与える可能性について議論した。
植村 ── 私自身は、アマチュアの方を教える仕事もしているのですが、ツアープロコーチとしては、試合に出て賞金を稼ぐツアープロの選手をレッスンしています。もともと自分もツアープロを目指してゴルフ場に所属し、アメリカに行ってミニツアーを転戦するといった活動をしていました。しかし、23歳の時に手首を怪我してしまい、3回手術を受けたのですが、ツアープロの道は断念しました。レッスンの道に入ったのはその後です。
アメリカで修行していた当時に、お世話になっていた先輩が、ちょうどその頃、実力で試合に出られる権利を勝ち取りました。ですが、男子ツアーに参戦していたある時、調子を崩してしまったのです。そして、「アメリカ時代の調子が良かった自分を、いつも見て知っているのは植村だ」と言い、「あの頃と何が違うのか、ちょっと見に来て違いを教えてほしい」と誘っていただきました。そこで私は、ツアー会場に行ってビデオを撮り、話を聞いたり、スイングを見たりして、気づいたことを話したのです。その結果が良かったのか、その先輩は1年目で優勝することができました。私も貴重な経験を得ることができて、自信が出たので、その年からツアープロのコーチをするようになったのです。
植村 ── プロになるような高い技能を持つ選手でも、悩みはたくさんあります。良い体の状態を常に維持できるわけではありません。また、試合に使われるコースとの相性、好き嫌いもあります。さらには、一球ミスしただけで精神的に不安定になり、良かれと思った修正が合わず、さらにミスを重ねることもあります。このように選手の調子が落ちた時に良い状態に戻したり、不得意なショットを克服したり、調整するのが私たちの仕事です。
植村 ── ゴルフは、あらゆる面でメンタル面の管理や調整が大切なスポーツだと言えます。そもそもゴルフの中には、ドライバーを使ってボールを遠くに飛ばす、アイアンで距離と方向を合わせてグリーンを精密に狙う、パターでグリーンの状態を読んでカップに沈めるといった様々な要素が含まれています。力だけ、技術だけ、洞察力だけが個別にあっても、良い結果は出せません。そうした多様な要素一つひとつで、自分の調子が変動し、得意不得意があるわけです。そして、メンタル面での状態は、それらすべての要素に大きく影響します。
すごい技術を持っていながら、メンタル面でつぶれてしまい、結果が出ないプロもたくさんいます。そのため、ツアープロコーチの仕事の中で、メンタルの管理や調整は、とても重要な仕事の一つになっています。特に近年は、私がツアープロのコーチを始めた20年近く前と比べるとその重要性は増していると感じています。
下地 ── 私たちは、AIを活用して人が発する音声を、言葉の内容ではなく声の周波数やリズム、速さなど、声色から感情を解析する技術「Empath」を開発し、その応用サービスを提供しています。4つの基本的感情である「喜び」「怒り」「哀しみ」「平常(落ち着き)」と、その人のメンタル状態の活力を総合的に表す「元気度」を加えた、5つのパラメーターを数値化して解析することができます。日本語だけでなく、外国語で話す音声からも感情を読み取ることができるので、開発した技術は海外からも高い評価をいただいています。Googleのスタートアップ企業を支援するプログラムに、日本で初めて合格したAI系企業になりました。
既に50か国、約2600社に利用していただいています。具体的な応用を挙げると、コールセンターでの顧客とオペレーターの対話の解析、メンタルの状態をチェックするスマホのアプリなどがあります。将来的には、搭乗者の感情を読み取ってサービスを提供する、自動運転車のエージェントAIやロボット、教育など、人と機械が関わる様々な応用での活用が広がるのではと期待しています。
下地 ── 確かに、感情解析の方法としては、表情、音声、言葉の内容、さらには心拍数や心電の動きを追うといった様々なものがあり、それぞれに優れたところと劣るところがあると思います。こうした中で音声による感情の検知は、表情などに比べて被験者が状態をごまかしにくい面があるようです。表情や言葉の内容は、意識的にコントロールしやすい感情表現です。接客業に携わる人の中には、普段から鏡を見て、自分の表情を整える習慣がある人が多いと思います。しかし、声帯をコントロールする訓練をしている人は、まずいません。心拍の動きも偽装しにくいのですが、そこからは緊張している、興奮しているといった単純な感情の動きしか推測できません。ありのままの複雑な感情の動きを知る手段として、音声は利用価値の高い手段だと思っています。
下地 ── Empathで計測できるのは、「とても怒っている」とか「ちょっと怒っている」といった感情の強さではなく、喜んでいそうなのか、怒っていそうなのか、確度を数字で出しています。天気予報の確率予報のようなものです。
スポーツ分野の応用では、アスリートのコンディション管理アプリを提供しているユーフォリアと共同で利用法を検討しています。同社は、2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップで、日本チームが選手のフィジカルなコンディションの管理に利用した「ONE TAP SPORTS」と呼ぶツールの提供で有名な企業です。選手はスマホでデータ入力して体調管理しているのですが、そこに音声データも入れて、メンタルな部分も管理できるようになるのではと考え、テスト的に取り組んでいます。
ゴルフでは、瞬間瞬間にゲームの内容が変わり、しかも選手ごとの得意不得意によって心の揺れも変わってくるとおっしゃっている植村さんの話を聞いて、そうした選手の心の動きを見つけたり、調子を整えたりする方法を見つけ出すツールとして利用できるとおもしろいのではと感じました。