No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

連載02

アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー

Series Report

第2回
ケガをさせないテクノロジー

2021.1.20

文/津田建二

ケガをさせないテクノロジー

非公式記録ながら、163km/時をマークした大船渡高校の佐々木朗希選手が甲子園最後の決勝戦には起用されなかった、という逸話は有名だ。連投で肩を痛める危険がある、との監督の判断からだ。監督は、佐々木投手の将来を優先して、この判断を下した。選手個人の体調を優先した監督の判断の根底には、長期的なケガをさせないという想いがある。野球選手に限らず、体を酷使して潰れていったスポーツ選手は少なくない。選手を長持ちさせることは長い目で見れば、やはり勝利につながる。連載2回では、競技大会に合わせ、どうやって身体をベストな状態に持っていくか、について解説する。さらに3回では、公平に審判するためのテクノロジーを紹介する。

これまで一所懸命練習を積めば結果はついてくると信じて、とにかく練習に次ぐ練習を行ってきた結果、体を壊し、実は疲労骨折を起こしていたというマラソン選手がよくいた。一所懸命努力をしているのだから報われるはず、という思い込みが強すぎて、体が悲鳴を上げていたことに気がつかなかったのだ。

アスリート選手とは程遠い低いレベルの人間であれば、練習を重ねることは重要だ。しかし、トップレベルクラスになると、自分の実力を競技大会に合わせてピークに持っていくことの方が大切になる。

2017年8月の陸上・世界選手権第2日目、絶対王者だったジャマイカのウサイン・ボルト選手は米国のジャスティン・ガトリン選手に敗れ、第3位に終わった。この時の映像は今でも忘れられない。この大会を最後にボルト選手は引退することを表明していたが、まさか負けるとは誰も思っていなかっただろう。彼の記録は自己ベストにはるかに及ばず、大会に向けてベストコンディションに持っていけなかったと言える。ガトリン選手にとっては、実に12年ぶりの勝利となった。

絶対勝てるはずだと思われていた選手が負けるのは、実力があっても自分のコンディションをピークに持っていくことに失敗したためである。メンタルが弱いという言葉もあるが、それでもコンディションが十分なら自信がつき、メンタルも強くなるはずだ。

写真:photoAC

ラグビーの日本代表が強くなったことについても同じことが言える。日本ラグビー史上、最も衝撃的だったのは、勝つことが不可能と見られていた南アフリカ共和国に日本が勝った2015年のワールドカップだ。それまでは、日本のラグビー選手と海外の選手との違いは、フィジカル(体力)だと言われ続けていた。そこで日本は、このワールドカップ大会で勝つために、体力的に負けない体を作り上げたのである。まず、選手の体脂肪をすっかり落とし切り、走れる能力をつけた後、今度は筋肉を大きくしていくというトレーニングを取り入れた。体作りを根本的に見直したのである。その結果、フィジカルが最も強いと言われていた南アフリカにフィジカルで勝って、最後に走り勝った、と言われるまでになった。それまでの日本のラグビーチームのプレースタイルとは違っていたのである。

データを可視化、最適条件を見出す

科学的なデータに裏づけられた練習の代表的な手法が、S&C(Strength and conditioning coach)と呼ばれる方法である。アスリートの練習の動きを科学で分析し可視化するのだ。いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)と言われるような技術に近い。DXではさまざまなものや人にセンサーをつけて検出することによって、センサーからのデータを可視化し、これによって性能や生産性、能力を上げる。S&C手法でも、アスリートのパフォーマンスを上げ、競争力をつけるのに使われ始めた。

具体的には、アスリートの体をどのくらい追い込むとどうなるか、というようなデータを見ながら、トレーナーやコーチが判断できるようにする。だからこそ最初の段階で体をとことん追い込む。そうしておけば、限界を理解できる。例えば、ケガのリスクが高まっているようなデータが見えてくると、トレーナーやS&Cコーチなどに警告を出す。トレーナーは、練習の負荷を落としたり、別メニューに変えたりする。このことで疲労骨折を始めとするケガを防ぐ。

マーケティングやコンサルティング業務に携わるユーフォリア社は、このような手法を2012年から開発してきた。2015年のラグビーのワールドカップ大会で日本が南アフリカに歴史的な勝利を収めたのは、その成果だという。

同社のウェブサイト「One Tap Sports」によると、現在は40の競技で、このスポーツテクノロジーの手法が使われており、350のトップチームが採用している。最も多いのがサッカーの83チーム、次がラグビーの42チームで、野球は26チームが導入している。プロ野球のソフトバンクホークスは、この手法を早くから採用しているという。

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