No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

心のスポーツ、ゴルフはAIでどう進化するのか

クロストーク ”テクノロジーの未来を紐解くスペシャルセッション”

心のスポーツ、ゴルフはAIでどう進化するのか

植村 啓太
K's Island Golf Academy 主宰 ツアープロコーチ
下地 貴明
Empath CEO

人間の身体能力を表現する場であるスポーツの世界では、ITなど様々なテクノロジーが活用されるようになってきた。特にプロスポーツでは、試合の戦略決定やトレーニングなど多くの場面でデータ解析の活用が行われている。一方で、いかなるスポーツにおいても、選手のメンタルな部分が試合の結果に色濃く反映されることは周知の事実である。しかし、これほどテクノロジーの活用が進んだスポーツ界でも、メンタル面を磨き、強くするためにテクノロジーを活用している例はほとんどない。近年、人工知能(AI)などデータ解析技術の進歩によって、人の心理的な状態を推し量ることができるようになった。ゴルフのツアープロコーチとして多くのプロ選手に寄り添ってきたK's Island Golf Academyの植村啓太氏と、声から人の感情を探るAI技術を開発するベンチャー企業であるEmpath CEOの下地貴明氏が、AIなどのテクノロジーがスポーツの進化に与える可能性について議論した。

(構成・文/伊藤 元昭 写真/黒滝千里〈アマナ〉)

試合中の選手は、自分の心の状態を自覚できない

植村 啓太氏

── 心の動きが結果を大きく左右するスポーツでありながら、ゴルフの世界ではこれまでメンタル面での管理や対策が取られることが少なかったという話がありました。テクノロジーによる科学的なトレーニングや試合中の対処が可能になると革新的な進歩が起こりそうです。

植村 ── ゴルフに限らず、スポーツではメンタル面の管理はとても大切なのですが、まだまだ発展途上だという気がしています。体や技術のトレーニングに関しては、多様で高度な方法論があります。しかし、サッカーでも、野球でも、メンタルの管理に積極的に取り組んでいるという話をあまり聞きません。メンタル管理の大切さが分かっていながら、取り組みが進んでいない原因は、状態を知るにしても、状態を良くするために何かをするにしても、掴みどころがないからだと思います。

下地 ── 私たちが、音声から感情の状態を読み取るツール「Empath」で実現しようとしているのは、まさにその掴みどころのない状態を、明確に知ることができるように変えることです。

植村 ── どのようなスポーツの選手も、試合中の自分の心の状態は分かっていないことが多いのだと思います。客観的に見れば、うまく試合運びができずに焦っていることが明らかでも、やっている本人は分からないものなのです。自分が発する声から、客観的に自分のメンタルの状態を指摘してくれるツールがあれば、あせりを消すための行動を取るための気づきが得られると思います。また、後から見返して、追い詰められた場面では、自分がどのように振る舞いがちなのか自覚して矯正することもできるかもしれません。こうしたメンタル面の自己調整能力は、経験を積む中でできるようになるのかもしれませんが、ツールがあれば、その取得を早めることができるでしょう。

下地 ── 試合中に選手の声を録音しておくことで、Empathを使って後から解析することもできます。試合後に、自分の状態と行動、さらにはキャディーさんからの声がけを振り返って、より良い結果が得られる方策や最適な声がけのタイミングを探るための情報が得られます。

メンタル状態は、試合の結果にも練習のモチベーションにも影響

下地 貴明氏

── ゴルフの世界では、メンタル管理に何らかのテクノロジーを活用しようとする動きはあるのでしょうか。

植村 ── 最近、メンタル面の重要性が浸透してきて、心の動きを探ろうとする試みが出てきています。例えば、オーストラリアで開発された「フォーカスバンド」と呼ぶ、頭に装着するバンドでは、選手が右脳を多く使っているのか、左脳を多く使っているかリアルタイムで検知できるそうです。ゴルフは同時に多くのことや様々な動きをしないといけないので、右脳優位で働いていないとナイスショットが出ないと言われています。論理的に考える左脳優位の時には、ほぼミスショットだそうです。このツールは、大きな深呼吸をしたり、目標をイメージしたりと、自分がどのようにしたら右脳優位にすることができるか、一人ひとりの個性に合った方法を探るために使われています。

下地 ── 試合中以外、例えばトレーニングの効果などにメンタル面での影響はあるのでしょうか。

植村 ── 技術面やフィジカル面でのトレーニングをする際にも、心の状態によって効果が違ってきます。そもそも、練習量に影響してきますから。やる気がある人は何千球打っても苦になりません。さすがにプロは生活もかかっているし、トレーニングに向けてのメンタルは強いと思います。そこが弱まったら、即、引退ですね。

アマチュアですと、やる気がない人やメンタルが弱い人は練習が続きません。練習は本人のモチベーション、やる気に大きく左右されます。アマチュアの方をレッスンすれば、スイングの悪いところがたくさんあって、いろいろ言いたくなるのですが、たくさん指摘すれば上手になるわけではありません。「俺って本当にダメなのだな」と思って、モチベーションが下がるだけになります。まず、いいところを伝えて、ミスに対して一番よくない点を教えて、そこが直ればこんな素晴らしい状態になるといった希望を持たせることが重要です。そうすれば、やる気も出ますし、がんばって練習するようになります。レッスンで指導する立場としては、ここが重要ですね。

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