Science News

患者が手で押して薬を放出する、
ドラッグデリバリーシステム

2013.5.13

物質・材料研究機構が開発したゲル材料は、圧力が加わると薬剤を放出する性質がある。

投薬で重要なのは、薬の種類だけではない。適切な場所に、適切な量を、適切なタイミングで届ける必要がある。そのために、研究が進められているのが、ドラッグデリバリーシステムという技術だ。
ドラッグデリバリーシステムと一口にいっても、その手法は多岐にわたる。1つは、磁石の性質を持った粒子(=磁性ナノ粒子)に薬剤を付着させるなどして、体内に投与。体外から強力な磁石を使って薬剤を患部まで誘導するという方法だ。もう1つは、エレクトロニクス技術を使うアプローチ。体内に小型デバイスを埋め込んでおき、体外からこのデバイスをコントロールして薬剤を放出させる。ほかにも、マイクロマシンを使って薬剤を患部まで運ぶという、SF的な手法も真剣に研究が進められている。
物質・材料研究機構が2013年3月に発表したドラッグデリバリーシステムは、実にシンプルだ。それは、患者が手で押して薬剤を放出するというもの。この手法のポイントは、新しく開発されたゲル材料(ゼリー状の物質)にある。藻類などに含まれるアルギン酸に、糖類の一種シクロデキストリンを結合させたこのゲル材料は、圧力を加えると取り込んだ薬物を放出する性質がある。薬剤を混ぜたゲル材料を患者の皮下に埋め込み、患者がその部分を押したりさすったりすると、薬物が放出されるという仕組みだ。刺激によって薬剤が放出されるという効能は、体内投与後少なくとも3日間は持続することが確認された。
研究チームが検討している用途としては、抗がん剤治療時の制吐剤(吐き気を押さえる薬)の投与があげられる。抗がん剤治療で吐き気を催している患者は、薬を飲むことが難しい。そこで、ゲル材料に制吐剤を入れて皮下に埋め込み、吐き気がした時に押したりさすったりするというわけである。この手法は、薬剤を皮下に埋め込む器具以外、特別な装置を必要としないため、災害時や発展途上国でも有効だと考えられている。

(文/山路達也)

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