Science News

記憶を自在に操作する

2013.11.25

有害な記憶を消したり、記憶の差し替えをできることが、マウスを使った実験で明らかになってきた。

記憶は、自分自身を構成する重要な要素だ。過去からの記憶の連続性で、人間は自分が確かに存在することを認識している。それでは、もし記憶が自在に操作できることになったら、どうなるだろう?
脳科学の進歩によって記憶のメカニズムが明らかになりつつあるが、特に最近になって、記憶操作に関する研究結果が相次いでいる。
米国スクリプス研究所のCourtney Miller博士らが発表したのは、ドラッグに関する記憶を選択的に消去する手法だ。
まず、マウスに、メタンフェタミン(覚醒剤の一種)とともに、視覚、嗅覚、触覚の刺激を与えて、刺激とメタンフェタミンを関連づける。この時マウスの脳内では、アクチンというタンパク質の重合化(簡単な構造の分子が結びついて大きな分子になること)が起こり、神経細胞の構造が変化して、メタンフェタミンに関する記憶が形成される。数日後、ミオシンIIというタンパク質の働きを阻害する(アクチンを制御する)物質をマウスに注射したところ、メタンフェタミンと関連づけた刺激を与えても、マウスは何の関心も示さなくなった。この効果は注射するとすぐに現れ、永続的に続くが、食べ物など、メタンフェタミン以外の記憶については、何も影響がなかった。Courtney Miller博士によれば、この手法は喫煙やPTSDなどについても応用できる可能性があるという。
一方、MITの利根川進教授と理化学研究所のグループは、「偽の記憶」を作ることに成功した。研究グループは、脳細胞に光刺激を与えると直前に記憶したことを思い出す、特殊なマウスを作成。このマウスに安全な場所の記憶を思い出させながら、弱い電気刺激を与えたところ、安全な場所を危険な場所と誤認するようになった。
これらの実験はマウスによるもので、人間で確かめられたものではない。しかし、将来的には人間でも記憶の操作が可能になるかもしれない。そうなった時、記憶をどう扱うのか、法的な問題も含めて激しい議論が起こることになるだろう。

(文/山路達也)

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.