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公開鍵暗号を高速、低エネルギー消費で
処理する専用チップ

2018.4.23

公開鍵暗号処理を高速に行う専用チップの登場で、IoTデバイスの小型化、高度化が加速する。
公開鍵暗号処理を高速に行う専用チップの登場で、IoTデバイスの小型化、高度化が加速する。

20世紀の文明は、コンクリートによって支えられていたといっても過言ではない。では、21世紀の今、文明を支えているのは何か?
意識されることは少ないかもしれないが、「暗号」は間違いなく、現代文明を支えている重要な要素の1つだ。通販サイトで買い物をしたりソーシャルメディアに投稿したりできるのも、暗号技術によって安全に通信経路が守られているからに他ならない。また、暗号技術は電子的な認証にも使われる。ネット上で自分が自分であることを証明するためにも暗号は不可欠だ。
現代の暗号の中で特に重要な概念が「公開鍵暗号」である。
昔から使われてきた暗号は、受信者と送信者が、暗号化された文書を解読するために同じ鍵を使う「共通鍵暗号」だった。一方、20世紀末に開発された「公開鍵暗号」では、受信者は自分の公開鍵を世界に向けて公開する。その受信者に対して何かを送りたい送信者は、受信者の公開鍵を使って文書を暗号化して送信、受信者は自分専用の秘密鍵で解読する。
ただ、公開鍵暗号にも短所がある。共通鍵暗号よりも大幅に処理時間がかかってしまうのだ。そのため実際には、共通鍵のやり取りを公開鍵暗号で行うというのが一般的だ。最近では、離散対数問題という数学を応用して、安全かつ高速に計算できる「楕円曲線暗号」が公開鍵暗号に用いられるようになっているが(ビットコインも楕円曲線暗号を用いている)、それでも楕円曲線の処理には大きなコンピュータパワーを必要とする。組み込み用デバイスに搭載されている低消費電力チップでは、公開鍵暗号の処理を行うのが難しい。
MITのUtsav Banerjee氏らが開発した暗号処理チップは、こうした状況を変えることになるかもしれない。このチップは、モジュラ乗算と呼ばれる計算処理の専用回路を搭載しており、従来のソフトウェア処理に比較して使用メモリ容量は10分の1、処理速度を500倍にすることに成功した。チップは、楕円曲線関連の計算処理の専用回路だけでなく、暗号通信プロトコルの処理機能も備えている。
低消費電力で公開鍵暗号を処理できるようになれば、これまでパソコンやスマートフォンでないとできなかった処理が、より小さなデバイスで可能になってくる。米粒サイズのデバイスを使った本人認証、ネット経由で高度なデータ処理を行うセンサーなど、コンピュータの存在を人が意識しなくなる「アンビエントコンピューティング」がいよいよ現実になってきそうだ。

(文/山路達也)

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