No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
Cross Talk

作ること全体を高める場が
ビジネスに成長していく。

──もう1つの批判に「ポチッと押してパッとものが出てくるような新技術は、ものづくりの力を弱める」というものがあります。

田中 ── それについても、非常によく言われますね。

猪子 ── でも、そういった議論は昔からさんざんされていて、違うことが繰り返し証明されてきていると思うんです。分かりやすい例だと、まずニコニコ*13動画とかYouTubeという場で、誰でも自分の作った音楽を、気軽に発表できるようになりました。それによって音楽の世界のクリエーションのレベルが下がったかというと、逆にとてつもなく上がったと思うんです。

日本で作った音楽が世界で聴かれることなんて、20世紀には「スキヤキ*14」ぐらいでしたけど、今は初音ミク*15で作られた曲が、世界中で普通に聴かれているんですよ。誰もが作れるようになった分野では、全体のクリエーションのレベルが上がるんじゃないかな。

田中 ── プラットフォームと呼んでもいいんだけど、サービスとか場を作ったり、コミュニティを作ったりするような、何か「作ること全体を高めていく」ビジネスは、これから当然のように増えていくでしょう。

猪子 ── 初音ミクとかは、まさにそうだよね。

田中 ── その場が、主婦とかおじいさんとか小学生とかデザイナーとか、もっといろんな層に向かって開かれて、コンテンツが広がっていくのでは。

猪子 ── そうそう。Twitterみたいなツールは、言論という領域ではある程度の意味はあったけど、今度は「作る」という領域でいろいろなツールだったり、場だったりが登場する。そういうもの自体がビジネスになってくるよね。

田中 ── その通り。僕は同時に、人が本当に作りたいものを自分で作った方が、細かくマーケティングして出てきたものより結果的には勝つんじゃないかという予感がするんです。

マーケットをどこまで細かくセグメントしても、ニーズは多様だし、細かすぎるし、調査をしても結局はユーザーの全ては分からないんですよね。だからもう開き直って、本当に作りたいものを作れるようになればいい。メイカー(作り手)主導がいいという結論になるんです。

猪子 ── 決してコンシューマー(消費者)主導ではないんだよね。

田中 ── そうですね。今、僕の卒業生が渋谷に「ファブカフェ*16」というのを作って、また別の卒業生が「しぶや図工室*17」というのを作りましたが、彼らは作るための場だけを提供しているんですよ。商品を売ろうとはしていません。

僕は3Dプリンターが広まって、誰でもものが作れるようになった結末として、ものを作って売るビジネスの構造自体が緩やかに衰退していくと思っています。すでにGoogleなどのサービスは、ほとんどの人にとって無料じゃないですか。ものを作って値段を付けて売るという経済自体が、いよいよ終わるという話だと思います。

[ 注釈 ]

*13
ニコニコ:YouTube設立の翌年、2006年にドワンゴが設立、子会社のニワンゴが運営する動画共有サービス「ニコニコ動画」。コメント投稿やタグ付けといった機能が特徴。
*14
スキヤキ(Sukiyaki):故 坂本九の「上を向いて歩こう」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)の英・米題。全米『ビルボード』チャートで1963年6月15日付に、週間1位を獲得。同誌の1963年度年間ランキングでは第10位。翌年に米国での売上が100万枚を突破、全米レコード協会のゴールドディスクを受賞した。
*15
初音(はつね)ミク:クリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)が2007年に発売したデスクトップミュージック(DTM)用ソフト。ヤマハが開発した音声合成エンジンVOCALOID(ボーカロイド)を採用。ソフトと同名の女性キャラクター画像は二次創作が盛んに行われ、日本発ネットカルチャーとして世界に波及するブームを巻き起こした。
*16
ファブカフェ:持ち込んだデータと素材を用い、有料で設置されているレーザーカッターを使えるカフェ。
http://tokyo.fabcafe.com/
*17
しぶや図工室:シェアオフィスの一画に生まれた、3Dプリンター、3Dスキャナー、3Dモデラーを備えた施設。
http://shibuya.abbalab.com/

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