No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
Cross Talk

製造業は本質から変革され、
消費行動は変化していく。

田中 ── 日本でメイカーズ・ムーブメント*18が誤解されている最大のポイントは、製造業の復活と結び付けられていることです。

猪子 ── もう製造業を復活させるのは難しいよね。

田中 ── 生活必需品は行き渡ったのだと思います。復活できないのではなく、「当初の役割を果たした」という言い方が適切だと思う。

猪子 ── だからといって、これからインダストリアルデザイナーやエンジニアたちが損をするかというと、かえって得をするはずです。音楽だって、みんなが作れるようになったことで、作り手は収入が上がっているからね。新人もベテランも、インターネットの前と後でミュージシャンの個人収入は上がっているはず。損をしたのは版権元。仲介業が損をしただけです。

実際にものをクリエイトする人、もしくはデザインをする人、テクノロジーを作る人、彼らの収入は必ず上がっていくと思う。例えば、人はすごくいいデザインを世界中から気軽に買いたい。それが10円だとしても、実際にものをデザインした人に入るお金なんて、これまでの社会でもその程度だったわけです。それがもっと気軽に大勢の人が買えるわけだから、これからの時代はどんどん収入が上がるんですよ。

田中 ── 僕は3Dプリンターのような工作機械が、楽器みたいになればいいと思っています。みんな気軽にデータを持っていって出力してみる、楽器を弾くような感じでプリントするみたいな。

猪子 ── 音楽のたとえで言うと、これからは「興行」がキーワードだよね。デザインを売るとしたら、興行的なことが流行ると思う。人はパッケージではなくて、ライブにはお金を払うから。

もしくは、作りたい人は一流の人に習いたいわけですよ。例えば1,000円の授業料を払って2時間教えてくれるなら行列ができる。その生徒が100人集まったら……というビジネスモデルは増えるんじゃないかな。

プロとアマチュア、これからはどっちもアリだと思うのね。初音ミクのコンテンツでスゴい収入を得ている人たちもいるわけで。

田中 ── ああ、いますね。

猪子 ── 今まで素人は収入を得られなかったわけだけどさ。新しいコミュニティ的なビジネスって変な響きだけど、他にいい言葉が見つからないからそう呼ぶと、音楽で言えば興行的なことがデザインやものづくりの領域でも絶対に起こって、それは容赦なく進むんです。

田中 ── そうでしょうね。

猪子 ── プロも20世紀のビジネスモデルの延長みたいなところで、20世紀では考えられないような利益を上げられるんです。

家でコップを作りたい人が山ほどいるわけだよね。すると、そのコップをカッコよく作れる人にとっては、そこのコミュニティが広がれば、必ず儲かる。書家の先生や、お茶の家元なんかと同じですよ。

──人には学びたい、いいものを作りたいという欲求が備わっていると。

田中 ── 僕はそう信じてます。その結果、デザイナーの職能まで変わっていくのが面白いと思っているんです。よく、これからは「ウィンドウショッピング」が「ワークショッピング」になるということを僕は言うんですよ。

例えば「文房具屋」は、これから文房具を買う場所ではなくて、「文房具を作る場所」になるんです。そこには文房具デザイナーがいて、お客さんが行ったら作り方を教えてくれるんですよ。同じく、服屋さんは服を買う場所じゃなくて、服を縫う場所になる。

こうしてウィンドウショッピングで見て、選んで、買うという消費行為が、将来はその場で自分も作って、持って帰るという行為に置き換わると思います。

[ 注釈 ]

*18
メイカーズ・ムーブメント:米国のメイカーメディアから発行されているDIYや電子工作をテーマにした『Make:』(日本語版はオライリー・ジャパンが出版)が火点け役となった。同誌は、読者参加の展示発表会「メイカー・フェア」を催してきた。日本でも今年11月3日と4日に東京・晴海で開催。
http://makezine.jp/

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