No.004 宇宙へ飛び立つ民間先端技術 ”民営化する宇宙開発”
Scientist Interview

キーワードは「自律点検」と「モバイル管制」

──森田先生はイプシロンで、「打ち上げシステム」を革新すると言っていますね。

ロケットの開発はいま、世界的に大きな転換点に差し掛かっています。これまでの半世紀、宇宙開発はアポロ計画やスペースシャトルなどの輝かしい成果を上げてきましたが、その一方で、性能を上げることばかりに注目されてきた面があります。けれど、これからは未来のロケットを考えて、そのための準備をそろそろ始めないといけないと思っています。

ここで重要なのは、ロケットの性能だけではなく、製造から運用まで全て、トータルで考えること。これからは打ち上げシステム全体を、コンパクト、シンプル、低コストにしていく必要があります。

現在のロケットは複雑です。設備は大きいし、人数も大勢必要。時間もすごくかかります。このままでは、私が描いている再使用型のロケットには辿り着けません。

将来、宇宙活動の前線基地を作るためや、あるいは太陽発電衛星を作るためには、もっと高頻度に飛べるロケットが必要になります。そのためには、スペースシャトルのように中途半端な再使用ではなく、飛行機のように飛んでいって、戻ってきて、またすぐに飛んでいく、そういうシステムでないといけないと考えています。

高頻度に打ち上げるためには、もちろんコストは安くないといけません。それだけでなく、点検や運用が少人数・短期間でできる必要もあります。そう考えると、これからイプシロンで何を実現したらいいのかは明確です。少人数・短期間での点検・運用が実現しない限り、未来のロケットへの道筋は開けないし、逆にこれさえできれば、未来のロケットを構築するための準備はかなり整います。

──そのために必要なのが「自律点検」と「モバイル管制」ですね。

ロケットの点検でなにが一番大変かと言うと、バルブや電気モーターなど、電気を流してモノを動かすような部分の機能確認。メカとエレキが組み合わされた場所というのは複雑で壊れやすいんです。今まで、この点検をどうやっていたかと言うと、実際に電流を流してみて、その波形から熟練のエンジニアが判断していました。

これを1つ1つやっていくから、当然ながら時間がかかります。この部分を、イプシロンでは機械に自律的に判定させます。波形を見て異常か正常かを判断するのは、民生分野では、例えばすでに心電図で実現されています。イプシロンの自律点検機能は、この技術をロケットに応用したようなものです。

ロケットには、通信系、電源系、誘導制御系など、各部のコンポーネントごとに点検装置が搭載されていて、1機のロケットでは通常、それが全部で20〜30個にもなります。それぞれの点検装置には担当者が何人も付くことになるため、今の管制室は人や機械で一杯の大きな部屋になっていますが、点検が簡素化されれば、パソコン数台で管制ができるようになります。

モバイル管制というのは、大きな管制室を、モバイルできるくらいコンパクトなものにしようという考えです。ロケットのすぐそばの地下でやらなくて良くなったので、射場から数km離れた場所にプレハブのような簡素な建屋を作って、そこから管制する予定です。

左:イプシロンのモバイル管制のイメージの写真 右:こちらは以前の実際の管制室の写真
[写真] 左:イプシロンのモバイル管制のイメージ。現在の管制室とは劇的に様子が変わる。
[写真] 右:こちらは以前の実際の管制室。大人数でたくさんの機械に囲まれていた。
Credit:JAXA

──モバイルというとスターバックスあたりからでも管制できそうなイメージですね。

いや、極端に言えばそうなんですよ。ネットワークにアクセスさえできれば、どこからでもイプシロンの内部状態が分かるようになる。ただし、当然ながらセキュリティ上の問題がありますので、実際にはロケットにインターネット上からアクセスできるわけではありませんが、原理的には、世界中のどこにいてもイプシロンの管制が可能になるわけです。

──固体ロケット本来のメリットは、必要な時にすぐに打ち上げられる「即応性」の高さだったはずですが、今までは複雑すぎて生かし切れていなかった。その本来の良さを、これで引き出せるようになるということでしょうか。

その通りです。固体ロケットには様々なメリットがあります。液体ロケットに比べて部品点数は少ないし、組み立ても点検も簡単なハズなのに、どういうわけか大変になっていて、射場でのオペレーションに時間がかかっていました。ロケットの1段目を据え付けてから、打ち上げて翌日撤収するまで、M-Vでは42日もかかっていましたが、イプシロンでは7日まで短縮される見通しです。

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