No.004 宇宙へ飛び立つ民間先端技術 ”民営化する宇宙開発”
Scientist Interview

──今後、大型化する計画はありますか?

金星探査機「あかつき」の写真
[写真] 金星探査機「あかつき」。当初、M-Vで打ち上げられる計画だったが、その前にM-Vが廃止されたため、代わりにH-IIAが使われることになった。
Credit:JAXA

実はそういうことも考えています。1段目のSRB-Aを少し改良して大きくすれば、M-Vプラスアルファ級のロケットになるはずです。

今のSRB-Aの推進剤の量は66トンですが、より高密度に充填することで70トンくらいまで増やすことができます。このくらいのことまでは当然やりますが、さらに進めるとなると、モーターケースを大きくする必要が出てきます。1段目の「3割増し計画」とでも言いますか、推進剤を3割増やして推力も3割大きくすると、M-Vの能力を超えます。こうなると、H-IIAに頼ることなく、イプシロンで金星探査機「あかつき」クラスの探査機を上げられるようになります。

希望としては、この大型化も低コスト版イプシロンで同時に実現したいと思っています。大型化と低コスト化が同時に成り立つのかと思われるかもしれませんが、これは可能です。SRB-Aは低コストと先ほど述べましたが、米国のライセンス生産になっているので、その分、値段が高くなっています。あれをIHIエアロスペースの技術で純国産化できれば、さらに低コストになるはずです。

大型化なしの低コスト版では26〜27億円くらいになると見積もられていますが、大型化したとしても、30億円は切れます。M-Vは75億円でしたから、半分以下のコストで同等以上の打ち上げ能力ということになり、コストパフォーマンスは劇的に向上します。

──イプシロンで宇宙開発、宇宙利用がどう変わっていくでしょうか。

イプシロンでは、打ち上げに関わる全てのもの、つまりライフサイクル全体をコンパクトにしたいと思っています。より高頻度な宇宙利用ができるような世界を構築したい。そのためには運用性と効率性の良いロケットが不可欠で、イプシロンはその第一歩となります。

これからは科学衛星だけでなく、実用衛星や実証衛星、あるいは海外の衛星も頻繁に打ち上げて、宇宙利用の裾野をどんどん広げていきたい。いま宇宙と言うとまだまだ特殊な世界ですが、もっと誰もが宇宙に参加できるような時代にしたいと思っています。

[ 脚注 ]

*1
推進剤が固体のロケットを「固体ロケット」(または固体燃料ロケット)、液体のロケットを「液体ロケット」(または液体燃料ロケット)と呼ぶ。M-Vは3段式の固体ロケットで、基幹ロケットH-IIAは2段式の液体ロケットである。
*2
H-IIA:液体酸素と液体水素を利用する液体ロケット。地球低軌道に10トンの衛星を打ち上げる能力がある。液体酸素と液体水素のエンジンは非常に燃費が良いのが特徴だが、その反面、推力は弱い。これだけだと機体を持ち上げることができないので、推力を補助するために、固体ロケットブースターを2本または4本装備している。
*3
液体ロケットの場合は、推進剤の供給を止めることで、いつでも燃焼をストップできる。現在の位置や速度をチェックしながら、燃焼時間を調整することで軌道の誤差を吸収できるが、固体ロケットはそれができない。
*4
標準衛星バス:太陽電池パネル、バッテリ、姿勢制御装置、通信機など、どんな衛星にも必要となる機能を提供する共通プラットフォームのこと。衛星ごとに異なる部分だけを開発すれば良くなるので、低コスト・短期間での衛星開発が可能となる。商業衛星では一般的に利用される。

Profile

森田 泰弘(もりた やすひろ)

昭和33年生まれ。昭和62年、東京大学大学院工学系研究科航空学専門課程博士課程を修了。昭和63年から2年間、カナダ・ブリテッシュ・コロンビア大学客員研究員として、宇宙ステーション用ロボットアームの研究に従事。平成2年、システム研究系助手として旧文部省宇宙科学研究所(現JAXA)に着任。同年、M-Vロケットの開発がスタートし、主にシステム設計や誘導制御系の研究開発を主導する。現在、イプシロンロケットのプロジェクトマネージャーとして我が国の固体ロケット開発をリードするとともに、飛翔工学研究系教授として研究教育に携わる。専門はシステムと制御。

Writer

大塚 実(おおつか みのる)

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は『人工衛星の"なぜ"を科学する』(アーク出版)、『小惑星探査機「はやぶさ」の超技術』(講談社ブルーバックス)、『宇宙を開く 産業を拓く 日本の宇宙産業Vol.1』『宇宙をつかう くらしが変わる 日本の宇宙産業Vol.2』『技術を育む 人を育てる 日本の宇宙産業Vol.3』(日経BPコンサルティング)など。宇宙作家クラブに所属。
Twitterアカウントは@ots_min

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