No.004 宇宙へ飛び立つ民間先端技術 ”民営化する宇宙開発”
Cross Talk

のめり込むものを
追い求めるのが工学者。

中須賀 ── 宇宙って、3次元的にものが見られる世界です。地上にいると平面的に見えていたものが、上から見ることによって、俯瞰的に広い世界を同時に見られるんですね。基本的に人工衛星では、その特性を利用しているわけです。

常に地球をモニターして、ここで災害が起こったとか、あるいはここで紛争が起こっているとか、森林の中で火災が起こったり、不法伐採が起こっているとか、不法投棄が起こっているとか、赤潮が来たとか、いろんな情報を非常にうまく取れるわけなんですね。地球を上から見る眼のネットワークを作りたいというのが、僕らの小さい衛星に懸ける思いなんです。

山崎 ── 私たちのいるこの足元を離れて見ると、地球のことがより分かります。気象衛星、通信衛星、GPS、さまざまな人工衛星が実用化されて使われていますが、それにプラスして、やはり人が行くということが実現していくといいなと思うんですね。

やっぱり宇宙から自分たちの住む星を、ぜひ見てほしいと思いますし、そうすることで、きっとまた新しい文化が生まれて、地球自身の文明が成熟していくという気がするんですね。

中須賀 ── まさにそうですよね。

山崎 ── もう1つ、私も訓練の時にアメリカだったりロシアだったり、いろいろ海外生活を経験しました。日本人も海外でたくさん働いている方がいらっしゃいます。家族や友達は日本にいて、自分は海外にいるとか。そういった時に「どこでもドア」が欲しいなって、本当に思っていたんです。

これから観光で使われるような宇宙船は、燃費や機体性能を改良すると、大陸横断をして他の地点に着地できます。そうなると日本とアメリカを2時間ぐらいで結べるかなと思うんです。

中須賀 ── 世界中の全ての地点を2時間以内で結ぶ移動手段ですね。

山崎 ── ええ。主要なところを、世界中どこでも日帰りで行ける世の中になります。そうなると、人の流れとものの流れが圧倒的に変わりますよね。どうしても急にそこに行きたい、行かないといけないことはやっぱりあるので、そうした人の需要を満たせますから。私自身もそれができるとスゴく嬉しいです。

中須賀 ── 宇宙が持っているロマンを生かして、小さな衛星を使っていろんなことをやりたい企業がたくさんあります。そうしたところと組んで「こんな利用のしかたがあるのか」と世間にも浸透してきたら、もっと多くの企業が乗り出します。そうして、どんどん地球の周りの衛星のインフラができていけば、次の宇宙開発へのステップへの敷居が下がるわけです。その最初になるのが小さな衛星かな、と思っています。

具体的な値段で言うと、数億円以下で作る衛星です。同じ機能ではないけれども、さらに小規模な衛星だったら数千万でできます。そのぐらいになれば、国や大企業だけではなく、大学とか、中小企業とか、地方自治体などがユーザーになり始めますから、そうした世の中を作っていきたいですね。

──最後にぜひ読者へのメッセージを。

中須賀 ── 工学的な立場から言えば、自分がのめり込めるものを見つけるのが一番大事です。若い人たちには、それを徹底的に追求することをぜひやってほしいですね。のめり込むものって、何かその人が持っている考え方だとか、素質というものに非常に近いから反応しているわけです。それを伸ばしていってほしいなと思います。

僕はちょっとそれが十分にできなかったと思っているから、そうならないように頑張ってほしいと思う。受験なんか、どうでもいいんですよ。

──先生がのめり込んだものって、何だったんですか?

中須賀 ── 僕の場合、ものづくりですね。プラモデルとか工作とか、ものすごく好きでいろいろやっていたのだけど、受験勉強をするからしばらくやめようと思って、自分からやめちゃったんです。

その後、回り道をして結局は戻ってきたところはあるんですが(笑)、本当にその人が持っている特性が生かされないで終わってしまう人って、いっぱいいると思うんですよね。

山崎 ── やっぱり何事もやる時には、長い道のりを経ることが多いと思います。宇宙飛行士の訓練にしても10年以上かかりますし、そうした時間の中で「好き」という単純な思いって、一番大きなエネルギーになりますよね。

特に先が見えないときには、そうだと思うんです。どのような研究にしても、ものづくりにしても、壁に当たる時もあれば、先行きが見えない時もある。未来なんて、誰にも分からないですから。

だから、それをうまく見つけられるかが大切です。今まで持っていた考えにあまり捉われず、自分の心をオープンにして、そういったものを見つけてもらえるとスゴくいいな、と思います。

──お子さんには宇宙へ行ってほしいですか?

山崎 ── はい、子どもにも行ってほしいです。この地球を見てほしいと思います。

中須賀 ── 行ける時代がもうそこまで来ていますからね。

[ 注釈 ]

*1
国際宇宙ステーション(ISS):地球および宇宙の観測、宇宙環境を利用したさまざまな研究や実験を行うための宇宙ステーション。地上から約400km上空を秒速約7.7km飛行、地球を約90分で1周する。アメリカ、ロシア、日本、カナダ、欧州宇宙機関 (ESA) が1998年に共同で建設を開始、2011年7月に完成した。
*2
ドッキング:宇宙機同士が速度を有したまま、ドッキング機構に結合すること。アメリカ航空宇宙局(NASA)では、速度を0にしてロボットアームで把持した後、ゆっくりと結合させる方式のことをバーシング (Berthing) と呼んで使い分けている。前者はアポロ宇宙船、スペースシャトル、ロシアのソユーズ宇宙船、プログレス補給船、欧州補給機 (ATV) などで使われ、後者の方式は、日本の宇宙ステーション補給機 (HTV) や、ドラゴン、シグナスなどで採用。
*3
スカイラブ:1973年〜74年に使用されたアメリカの宇宙ステーション。サターンV型ロケット・サターンIB型ロケットを利用して、内部に居住空間を設けた。4号まで打ち上げられたが、本体となるのは1号で、2〜4号は宇宙ステーションへの往復に用いられた有人宇宙船。
*4
パラボリックフライト:地球上で無重力(微小重力)の状態を人工的に作り出すために行う放物線飛行。水平飛行から機種を45度上げた後、エンジンを停止して自由落下運動をすると、機内に一定時間の無重力状態が生まれる。
*5
チャレンジャー号爆発事故:1986年1月28日、ケネディ宇宙センターから打ち上げられたスペースシャトル・チャレンジャー号が、離陸73秒後にフロリダ沖で空中分解した事故。事故調査のために、大統領委員会(通称ロジャース委員会)が組織された。委員の1人にノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者、リチャード・ファインマンが含まれる。
*6
クリスタ・マコーリフ:1948年ボストン生まれの社会科教師。1万人以上の応募者から、NASAにより宇宙を訪れる初の教師に選ばれた。チャレンジャー号から2度の宇宙授業が計画されていた。
*7
冷却燃料:液体燃料と酸化剤をタンクに貯蔵し、それをエンジンの燃焼室で適宜混合して燃焼させ推力を発生させるのが、液体燃料ロケット。推進剤の種別によっては、腐食性や毒性を持ち、貯蔵が困難であったり、極低温なため断熱や蒸発したガスの管理、蒸発した燃料の補充などで取り扱いに難があるものもある。開発中のLNG推進系は液体水素より宇宙空間での保存が容易で、ヒドラジンより性能や安全性が高いとされている。
*8
OTV(Orbital Test Vehicle):スペースプレーン(自力で滑走し離着陸できる宇宙船)の軌道試験機。NASA、アメリカ国防省、アメリカ空軍などが開発、ボーイングが製造する無人宇宙往還機「X-37」などがこれに当たる。
*9
UNIX:1960年代にアメリカのベル研究所で開発の始まったOS。71年にアセンブリ言語で公開、73年にC言語に移行して移植性が高まる。その後、80年代にフリーソフトウェアを目指したGNUプロジェクト、90年代にリーナス・トーバルズによるオープンソースOSのLinuxへと波及していく。
*10
ビゲロー・エアロスペース:1999年にラスベガスのホテル王、ロバート・ビゲローにより設立された英国の宇宙旅行ベンチャー企業。2006年と07年に宇宙ホテル(商用宇宙ステーション)のモジュール「ジェネシスI、II」の打ち上げに成功。
http://www.bigelowaerospace.com
*11
缶SAT:350mlの空き缶に、通信機、電源、各種ミッションを実行する衛星機器類を詰め込み、パラシュートを取り付けた実験用の超小型衛星模型。宇宙工学を研究する高校生や大学生の登竜門となるイベントも開催されている。
*12
イーロン・マスク:1971年南アフリカ生まれのアメリカ人起業家。99年にネット決済を提供するX.com(現PayPal)を設立。テスラモーターズほか数々の企業の立ち上げに参画している。
*13
スペースエックス(SpaceX):民間の宇宙輸送事業を目的として、2002年に設立されたアメリカの企業(正式名称は、Space Exploration Technologies Corporation)。これまでにファルコンロケット、ドラゴン宇宙船を開発している。10年に民間企業として初めて軌道上の宇宙機の回収に成功。http://www.spacex.com
*14
アクセルスペース:東大・中須賀研出身の中村友哉らが2008年に設立した、重さ100kg以下の超小型人工衛星の設計開発を中心事業とするベンチャー企業。ミッション検討から設計、製造、打ち上げサポートまでを一貫して実施する。日本の気象情報会社ウェザーニューズとの業務提携、福島第1原発事故後のCSR活動として放射線情報共有マッププロジェクトに取り組みなどがある。 http://axelspace.com
*15
深宇宙:宇宙空間のうち地球から遠く隔たったところを指す語。宇宙の深部。
「電波法施行規則」においては、「地球からの距離が200万キロメートル以上である宇宙」と定義されている。
*16
日本の補給船:宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle=HTV)、愛称は「こうのとり」。国際宇宙ステーション(ISS)で使われる食糧や衣類、各種実験装置など最大6トンの補給物資を輸送する、使い捨て型の無人機。使用後の衣類や実験機器などを積み込み、大気圏に再突入させて廃棄する。2012年7月に国産のH-IIBロケットで打ち上げられた3号機は、小型衛星放出機構と衛星(CubeSat)5機を運搬。
*17
きぼう:宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した、ISSの日本の宇宙実験棟。2006年〜08年、スペースシャトルによって3回に分けて ISS に運ばれ、それぞれ土井隆雄、星出彰彦、若田光一の宇宙飛行士3名が担当して、組み立てられた。船内実験室、船内保管室、船外実験プラットフォーム、船外パレット、ロボットアームなどから構成。
*18
ロボコン:自作ロボットによる対戦競技会。NHK主催では25周年を迎えた「高専ロボコン」に加え、「大学ロボコン」やアジア・太平洋地域から参加を募る「ABUロボコン」がある。そのほか、二足歩行型ロボットによる格闘競技会「Robo-One」(主催はフジテレビ、ROBO-ONE委員会)などもある。
*19
アポロ計画:NASAが1961年から72年にかけて実施した、月への有人宇宙飛行計画。アポロ宇宙船は、司令・機械船(3人乗り)と、月着陸船(2人乗り)から構成。司令船が地球に帰還する。アポロ11号で人類初の月面着陸に成功。15号からは四輪電池駆動の月面車も投入して月のサンプルを収集した。17号をもって計画は終了。
*20
鷲は舞い降りた(The eagles has landed):アポロ11号のニール・アームストロング船長が月面着陸に成功した時の交信。月面着陸船の名が「Eagle」だったことによる。1975年にベストセラーとなったイギリスの作家、ジャック・ヒギンズの小説タイトルにも使われた。
*21
ジョン・グレイン(John Herschel Glenn Jr.):1921年オハイオ州生まれの宇宙飛行士、政治家、元海兵隊戦闘機パイロット(退役時は大佐)。1962年にNASAのマーキュリー・アトラス6号に搭乗、地球周回軌道を飛行した。98年にスペースシャトル・ディスカバリー号で2度目の宇宙飛行、日本の向井千秋飛行士らと9日間、宇宙に滞在した。当時77歳は現在も宇宙飛行の最長記録。
*22
『宇宙からの帰還』:1983年に発売された、立花隆による宇宙飛行士12人へのインタビュー集。宇宙体験が与えた精神的影響について迫った内容。
*23
シングルイベント:高集積化された半導体部品に、ごくまれに宇宙放射線の粒子が通過することで誤動作や損傷が生じること。
*24
アボートシステム:打ち上げ脱出システム(Launch Escape System: LES)とも呼ばれる、ロケット本体から乗員モジュールを瞬時に離脱させて打ち上げる機構。アメリカのマーキュリー計画やアポロ計画の宇宙船で使われたほか、ロシアのソユーズ宇宙船では現行。1983年9月のソユーズT-10-1が打ち上げに爆発した事故では、ウラジミール・チトフ機長ら2人の乗組員が同システムによって救われた。スペースシャトルでは不採用だったが、後継機のオリオン、スペースエックスのドラゴンでは搭載予定。
*25
安全保障:2008年に成立した「宇宙基本法」により、ミサイル防衛と偵察衛星の範囲で宇宙を専守防衛の目的で利用できるようになった。
*26
宇宙政策委員会:2012年7月、内閣府に設置された審議会。メンバーは7名から構成され、任期は2年。有識者の大局的・専門的見地から、宇宙開発計画、宇宙利用、宇宙関係予算などの重要事項を調査・審議する。調査分析部会、宇宙輸送システム部会、宇宙科学・探査部会、宇宙産業部会の4つの部会が設置される。
*27
GPS衛星:全地球測位システム(Global Positioning System)は、地上高度2万200kmの中軌道(準同期軌道)に軌道傾斜角55度で配置された、31個の人工衛星ネットワークにより運用されている。
*28
年間数秒単位で時計が違う:一般相対性理論においては、重力は空間を歪ませ、時間の進みを遅らせる。このため重力場の存在する惑星上では、重力の無い宇宙空間に比べて時間がゆっくり進むことになる。例えば、地球上(正確には、ジオイド表面上)で1秒当たり100億分の7秒遅くなる。
GPS衛星は衛星軌道上にあり、地上において重力の影響で時間が遅れるという現象から解放される(衛星軌道上は地球重力圏内なので、完全な解放ではないが、影響が少なくなる)ことにより、地上に対して時間が早く進むこと、また重力場の有無によりシグナル伝達に遅れが生じることから、差引調整をする必要がある。そのため、地球上の測定器が受信する信号が正確に処理されるように、衛星側の内蔵時計は毎秒100億分の4.45秒だけ遅く進むように補正が行われている。

Profile

山崎直子(やまざき なおこ)※写真左
宇宙飛行士

1970年千葉県生まれ。93年東京大学工学部航空学科卒業、翌94年までメリーランド大学留学。96年東京大学大学院修士課程修了(航空宇宙工学)後、宇宙開発事業団(現JAXA)に就職。
99年に古川聡、星出彰彦とともに国際宇宙ステーション(ISS)に搭乗する宇宙飛行士候補に選ばれる。2001年日本人女性2人目の宇宙飛行士に認定される。04年ロシアのソユーズ宇宙船のフライトエンジニアの資格を取得、06年NASAよりスペースシャトルの搭乗運用技術者(ミッションスペシャリスト)の資格を得る。
10年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し、ISS組み立てミッションに従事した。
11年JAXA退職、現在はフリーランスとして活動する。12年7月より宇宙政策委員会委員に就任。2女の母でもある。著書に『何とかなるさ!』『宇宙飛行士になる勉強法』『夢をつなぐ山崎直子の四〇八八日』ほか。

中須賀真一(なかすか しんいち)※写真右
航空宇宙工学者

1961年大阪府生まれ。83年東京大学工学部航空学科卒業、88年同大学院博士課程修了(航空学)。その後、日本IBM東京基礎研究所に就職し、人工知能や自動化工場に関する研究を行う。 90年に東京大学に戻り、工学部航空学科講師。同大学先端科学技術研究センター助教授、メリーランド大学客員研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、04年東京大学航空宇宙工学専攻教授に就任。
専門分野は宇宙工学と知能工学。これまでに研究室から、3機の超小型衛星(XI-IV、XI-V、PRISM)の打ち上げ運用に成功している。
12年7月より宇宙政策委員会委員に就任、同調査分析部会長。共著に『宇宙ステーション入門』(東京大学出版会)など。

Writer

神吉 弘邦

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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