賞金では元が取れない? それでも参加する理由
──そもそも、なぜ月に行くのでしょうか?
ひとことで言えば、未知の世界への探検心だと思います。私はアウトドアが好きで、仕事上、よく砂漠とか火山にも行きますが、そういう非日常的な世界に行くと、いつもすごくワクワクします。「知らない世界を探検してみたい」という気持ちは多分誰にでもあるのではないでしょうか。探検は、知的好奇心を高揚させます。これは人類にとって根源的なものだと思います。月は人類の想像力をかき立てるターゲットとして、非常に大事ですね。
知的好奇心は、科学的な動機へと広がっていきます。月は40年も前にアポロが探査していて、もう全て謎は解明されているように思うかもしれませんが、最近になって地下深くに通じる大きな縦穴が見つかるなど、実はまだ分かっていないことも多い。行けば行くほど、科学的な新発見は絶対に出てきます。宇宙開発はいつもそうですが、何か1つ発見があると、それだけで全てが理解できるわけじゃなくて、その発見の向こうに新しい謎が見えてくる、その繰り返しなんです。
地球から最も近い天体である月には、利用の面でも、大きな可能性があります。無人探査から始まり、アポロでは有人探査も行われましたが、将来的に、宇宙飛行士みたいに特殊な人だけではなく、もっと多くの人が行けるようにするためには、月に対して、さらに理解を深める必要があります。そこに住もうとなると、解決しなければならないことはどんどん出てくるでしょう。
──Xプライズ財団がGLXPを始めた狙いは。
話はちょっと遡りますが、今の航空機産業の発展というのは、チャールズ・リンドバーグによる1927年の大西洋無着陸飛行が大きなきっかけになっています。
飛行機という乗り物はライト兄弟が1903年に発明しましたが、空を飛ぶということは人類の長年の夢であったものの、それがどう役に立つかというのは、あまり具体的にイメージされていませんでした。ところがリンドバーグのフライトで、大陸間を短時間で移動できる道具になると気付いて、それを境に世界の航空機産業がぐっと伸びていく。その先鞭を付けたのがリンドバーグでした。
リンドバーグがなぜ大西洋無着陸飛行に挑んだのか? 単なる物好きで飛んだわけではなく、実はこれも賞金レースだったんです。当時のホテル王が賞金を出して、挑戦を促した。Xプライズ財団のピーター・ディアマンディス会長が、1996年に第1弾のX PRIZEとして「Ansari X PRIZE」(※)を開始したのは、まさにこれと同じ狙いがあります。
※3人乗りの宇宙船を開発し、2週間以内に2回の宇宙飛行を成功させたチームに1,000万ドルを贈るというコンペティション。7カ国から26チームが参加した。
人類は宇宙に進出し、月にまで到達しましたが、多くの人は、一般人が宇宙に行けるようになる時代は、まだまだ遠い先だと思っていました。それをもっと近づける1つのきっかけとして、民間宇宙船の開発に賞金を出したのがAnsari X PRIZEでした。実際、優勝した機体をベースとして新型の宇宙船が製造され、今年から民間宇宙旅行が開始される予定になっています(別記事を参照)。
──GLXPでも同じような効果が期待できますか?
宇宙まで行けたから次の目標は月だ、ということで始まったのが今回のGLXPです。ただ、Ansari X PRIZEの方は、人間を乗せて飛ぶ技術だったので直接それが宇宙観光に繋がりましたが、GLXPの場合、月面で無人ローバーを走らせたからといって、その技術ですぐに観光用の有人ローバーが作れるわけではありません。有人の場合は、さらに帰還する方法も確立する必要があります。
Xプライズ財団の人達も、GLXPに誰が名乗りを上げて、そこから先にどんな産業が興るのかという点については、明確なイメージは持っていなかったでしょう。ですが、可能性は無限にあります。その中で何が実現可能で、我々の未来にインパクトを与えうるか。それは多分、参加する側が考えるべき課題なのだと思います
というのも、GLXPの賞金額は非常に高額ですが、実はそれだけでは全然ペイしないんですね。真面目に技術開発をすると、費用は軽く100億円単位になってしまいます。それで20億円を取り戻しても、全く儲けにはならないので、賞金以外で稼げる仕掛けを参加者側でちゃんと考える必要があります。賞金レースというと「賞金狙い」と思われそうですが、GLXPの場合は、賞金目当てだけではとても参加できません。
──その仕掛けが1回構築できれば、GLXPが終わった後も活動を続けられる可能性がありますね。
その通りです。賞金というのは最初のスタートアップには役立ちますが、たった1回だけで終わってしまう。持続的に発展するためには、賞金が無くても成立するシナリオが必要になります。GLXPの賞金が「元を取るのに全然足りない」ということが、逆に、そういったシナリオの構築を促していると言えるかもしれません。