No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Visiting Laboratories研究室紹介

小野 功 准教授

TM ── 目覚ましい成果ですね。巡回セールスマン問題は、量子コンピュータの一種である量子アニーリング・マシンが得意な問題だと思います。量子アニーリングに対する進化計算の優位性はどんなところにあるのですか?

小野 ── 量子アニーリング・マシンは、非常に魅力的なハードウェアだと思います。量子アニーリング・マシンの専門家ではないのではっきりしたことは言えませんが、多分、ハードウェアが順調に進化すれば、こうした問題は量子アニーリングのほうが効率よく解けるようになる可能性が高いと思います。ただし、量子アニーリングを上手に活用するには、進化計算の研究で得られた知見が有効に活用できると期待されます。シミュレーテッド・アニーリングや進化計算、タブー探索などは、最適化問題の解法の中でも類似の原理を基にしており、「メタヒューリスティックス」とよばれる最適化手法として一括りにされています。同種の手法ですから、実問題を量子アニーリング・マシンで解く問題に落とす際には同じ知見が役立つと考えています。

TM ── 量子コンピュータの活用には、さらなるハードウェアの進化が求められると思います。すでに役立つ状態にある進化計算で腕を磨いておけば、量子コンピュータの全盛期が到来した際にもその知見を適用できるということですね。

小野 ── はい。いま、量子アニーリングのソフトウェア技術者が足りない、もしくは将来的に足りなくなると言われています。進化計算の研究を通して蓄積された知見は、将来の量子コンピュータ活用に役立つと期待しています。

進化計算は科学技術の進歩を加速させる

TM ── 小野先生が進化計算の研究を始めたきっかけをお聞かせください。

小野 ── 学生時代から人の知的な活動、とくに設計手法などに興味がありました。効果的な設計や作業はどのように行われているのか、困難な問題とはそもそも何が難しいのか、知りたかったのです。学部3年生の時に人工知能関係の授業を受け、そこで遺伝的アルゴリズムが紹介されました。そこで簡単な試行錯誤の繰り返しで困難な問題が解けることを知り、その不思議な面白さに魅了されて、そこから今まで約25年間研究を続けています。

TM ── この25年の間、進化計算のアルゴリズムはどのように進化したのでしょうか?

小野 ── より速く困難な問題を解ける方向へと進化しています。自然界では、驚くような進化が起きます。しかし、進化のスピードは極めて遅く、決して効率のよいものではありません。それを効率化することで現在の生物が到達できていないような能力を見つけ出すことができます。たとえば、鳥にインスパイアされて飛行機ができました。鳥が音速を超えて飛ぶことはできませんが、人がつくったジェット機なら可能です。進化計算は、超音速の領域で飛行機をさらに進化させるための解も探ることができます。

また現在では、変数が1万もあるような大規模なブラックボックス関数最適化問題も解けるようになってきています。多くの工学的問題では、変数は高々100程度です。しかし、ある複雑な現象を説明するためのモデルを構築するというモデリングの問題になると、さらに多くの変数を扱う必要が出てきます。たとえば、遺伝子間の相互作用のパラメータを決める医学・生物学の問題を扱う際には、前述した「変数が1万もあるような」大規模な問題が出てきます。進化計算では、こうした医学・生物学の問題の問題解決にも役立ちます。また、経済学的な現象をモデル化し、データにフィッティングさせるといった問題の解決にも役立ちます。モデリングの問題では、変数の数は1万にとどまらず、10万、100万の問題も存在しますので、さらなるアルゴリズムの性能向上が望まれています。

TM ── 進化計算は、科学技術の進歩を加速させるツールのように思えます。そこから、どのような機械や技術が生み出されるのか楽しみです。

小野 ── 本当にそう感じます。ただし、そう簡単ではありません。研究では、ベンチマーク用の問題を使ってより高速に解ける方法を考案するのですが、ベンチマークで良い結果が得られても、現実の類似問題に適用したら思わしい効果が得られなかった――という場合が多いのです。

TM ── 思わしくない結果になるのはなぜですか?

小野 ── 「ベンチマークの問題を解く」という目的だけのために最適化されたアルゴリズムになってしまうからです。現実の問題からベンチマークをつくる際に落としてしまった性質があるわけです。実際に役立つアルゴリズムにするためには、それを取り入れて困難な問題、複雑なプロセスに対応できるアルゴリズムへと進化させる必要があります。

TM ── 効率化とは、基本的には「専用化」なのですね。

小野 ── そうなのです。実は、そのことは「ノーフリーランチ定理」[9]として知られています。ありとあらゆる問題に対応できる完全に汎用なアルゴリズムをつくろうとすると、結局は「もっとも非効率なランダムサーチと平均的な性能の観点で一緒になってしまう」というものです。そのため、現実の問題を解く効率を高めるには、工学や科学の分野において解くべき実問題に広く現れる性質を見つけ出して、これをうまく利用したアルゴリズムを作る必要があります。私たちは共通の性質を持った問題群を「問題クラス」と呼んでいますが、これをなるべく一般化しながら効率的に解ける問題の範囲を広げています。そのため、つくっては試しを繰り返しながら手法を進化させていく必要があります。

[9]
Wolpert, D. H. and Macready, W. G.: No Free Lunch Theorems for Optimization, IEEE Transactions on Evolutionary Computation, vol.1, pp.67-82 (1997).
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