No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

正確性とバイアス 
~ビッグデータに伴う問題と、
人間に求められる役割~

2019.1.31

シャローナ・ホフマン
(ケース・ウェスタン・リサーブ大学 教授)

正確性とバイアス~ビッグデータに伴う問題と、人間に求められる役割~

医療におけるビッグデータ利用には大きな期待が集まっている。人間には不可能なスピードで多くのデータを分析することにより、これまで見えなかった医療の可能性が拓けるはずだ。だが、ビッグデータに全幅の信頼を置くのは早い、とケース・ウェスタン・リザーブ大学のシャローナ・ホフマン教授は語る。ビッグデータの問題点は何か、その解決策はどこにあるのか。デジタル化と同時に、人間の役割への期待も次第に高まることがわかる。

(インタビュー・文/瀧口範子 写真:Ken Blaze)

自分の遺伝子情報を手軽に調べる時代が到来

シャローナ・ホフマン氏

── ホフマンさんは医療における法律や生命倫理学の専門家として、長年この分野の変遷を見てこられました。医療におけるビッグデータ分析の落とし穴についても警告を発せられています。そもそも、どのようなきっかけでこの分野に関わることになったのでしょうか。

もともと私は、大統領府直轄の独立行政機関である雇用機会均等委員会に勤めており、障害者に関する多くの調査に携わっていました。そうしたバックグラウンドがあるうえで、たまたま家族が病気になった際に医療システムや保健システムについてかなり勉強をすることになったのです。そこで、この分野は自分に非常に合っていると感じ、学校へ戻って医療法で法学修士(LLM)を取得しました。

── 当初は電子カルテについての研究から始められたようですが、現在までの電子化の変遷をどのように見ていますか。

重要なポイントは、電子カルテが広まったのが21世紀初頭になってからだということです。2004年にブッシュ大統領が10年以内にカルテを電子化すると唱え、それが達成されました。オバマ大統領時代にも多くの補助金が拠出されています。これほどまで医療のコンピュータ化が遅れたのには、もちろん理由があります。医療記録には、銀行の取引記録よりもずっと複雑な側面があるからです。電子化が本格的に導入されてまだ15年ですが、最初は歓迎ムードだったものの、利用が広まるにつれて不満も高まっています。現在、多くの医師がこんなはずではなかったと感じているのではないでしょうか。というのも、カルテの電子化によって医師の仕事が増えたからです。私は、医師のバーンアウトについて論文も書いていますが、この原因の少なくとも一部は電子カルテにあります。

── 具体的にはどのような問題なのでしょうか。

以前は診療結果について、医師は自分なりのメモを残したり、助手に書き取りさせたりする程度で済みました。ところが今は、患者を診断しながら電子カルテに入力することが求められます。そのため医師は、患者と接する十分な時間が得られないと感じているのです。患者に集中すれば、今度は仕事が終わってから入力に時間を使わねばなりません。しかも、コンピュータの指定通りに入力しなければならず、柔軟性もなく、やりたいテストや処方したい薬も使えないと感じている医師が多いのです。

── 医療の電子化については、理想的な未来像が描かれがちです。

医療の電子化が進めば、いずれ医師と患者が対面しなくても済むようになると勘違いされる方もいます。しかし、医療行為は非常に複雑なので、どのような状況にも対応できるコンピュータ・プログラムを作ることは、そもそも不可能なのです。また、多額の補助金が支給されたせいで、急ピッチでシステムが構築されたケースも多く、十分なテストが行われているとは言えません。薬品や医療機器については、FDA(アメリカ食品医薬品局)のような監視機関もあり、何年もかけて臨床試験を行い副作用などを確認することが定められています。しかし電子化については、しっかりとしたテストなしにシステムがローンチしてしまったケースがほとんどで、有害な事例を報告するための機関もありません。「たかがコンピュータじゃないか」という意見もあるでしょうが、そのコンピュータが今や医療の大きな部分を占めているのです。

── さて、そうした経緯があったうえで、医療のビッグデータが取りざたされています。電子カルテは個人的なものだけれど、ビッグデータは個人を超えて医療に貢献するという印象があります。しかし、ここにも注意すべきポイントがあるということですね。

その通りです。ビッグデータとは何であるかの定義は定まっていませんが、それが何であれ、まずはプライバシーの問題があります。今や自分のデータは方々で握られていると考えるべきです。グーグルで今度の旅行予定先を検索すれば、その後はそこに関連した広告ばかりが表示されるようになります。自分の名前を入力すると、給料や住所まで出てくることもあります。データ・ブローカーという新種の職業がありますが、彼らは人々のデータを集めて売っているのです。彼らに話を聞いたところ、現在では個人の名前と病名を結び付けることもできるようになっています。

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