Expert Interviewエキスパートインタビュー
人と食の未来を、データでつなぐ。
2019.5.31

「そう遠くない未来、農業に対するイメージは大きく変化する」と考えるジャーナリストや起業家は多い。農作物は生産ではなく、工業的に「製造されるもの」になってゆくという見方があるからだ。たとえば、ドローンが農作物をモニタリングし、ロボットが収穫や農地のメンテナンスを行う。さらには農地すらも、密閉した植物工場に代替され、完全にコントロールされた環境下で遺伝子組み換え作物を用いて特殊なタンパク質を生成する。加えて、分析されたデータをもとにしたデータドリブン*1で行われる物流や、ブロックチェーン技術*2による自動的な生産物の追跡――。未来において農業は、さらに「食」は、人間の手から離れていってしまうのだろうか?
ビッグデータ処理を活用した生産者支援を行うベンチャー企業、「プラネット・テーブル」が目指す未来は異なる。すべての人が食に参加できる社会こそが豊かなのだ、と創業者の菊池紳氏は話す。データドリブンで実現する、人と食の豊かな未来について話を聞いた。
地方の畑と、東京のシェフのキッチンをつなぐ
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── 菊池さんは「〈作る〉と〈食べる〉が一体化した世界を実現する」を、ビジョンとして掲げられていますが、まずプラネット・テーブルはどんなビジネスを展開している企業なのか教えていただけますか?
端的に言えば、地方の畑と東京のシェフのキッチンを、データと流通で「よりよくつなぐ」ことをビジネスにしています。ところでこちらからもお尋ねしたいのですが、最近、スーパーで「オーガニック」のトマトを買ったのはいつですか?
── オーガニックですか? トマトは夏になると食べたくなりますが、話題になってしばらくはオーガニックのものを買っていたこともあったように思います。しかし最近はあまり気にしなくなりましたね……。
なるほど。約7,000軒におよぶ東京の飲食店における食材の購買データを分析してみると、実は「オーガニックであること」がトマトの商品力にはならないことがわかってきています。東京のシェフはオーガニックか否かよりも、おいしさを指標に選んでいます。では、シェフの選ぶおいしいトマトとはどんなものなのか。
トマトは多い時期には40種類近くが市場に出回りますが、その中で売れるものは、甘味だけでなく、酸味、みずみずしさ、皮の張りといった特徴を併せ持つ、限られた品種のトマトのみです。これが今の東京のシェフが求めているトマトであり、「売れるトマト」なのです。こうしたデータをもとにすると、シェフの求めるおいしいトマトの品種を生産者の方がつくれるようになれば、儲かることがわかります。
しかし現状では、地方の生産者は東京都内のレストランのキッチンにはどんな野菜が並んでいるのか、シェフがどんな野菜を求めているのか、知る術がないのです。
そしてシェフ側も、生産者の畑にどんな魅力的な野菜があるのかを知りません。「プラネット・テーブル」は、こうした地方にある生産者の畑と、東京都内にある飲食店のシェフのキッチンの間で失われているデータを両者に届けます。そして生産者が、食材の買い手であるシェフのニーズに合った農作物を生産できることを支援し、自社で配達も行いながらより良い食材の流通を実現することをビジネスにしています。それが農畜水産物の流通・物流プラットフォーム「SEND(センド)」です。
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[ 脚注 ]
- *1
- データドリブン:得られたデータを総合的に分析し、未来予測・意思決定・企画立案などに役立てること。特に、ビッグデータを対象とし、各種データを可視化して課題解決に結びつける。
- *2
- ブロックチェーン技術:分散型台帳技術と呼ばれ、データベースの一部(仮想通貨などの取引台帳情報)を共通化し、個々のシステム内に同一の台帳情報を保有する技術。各社が共有するようになれば、データ連携も容易となり、台帳の更新時に参加者間で合意を取ることで、内容の正当性と一貫性を確保することが可能。コストの掛かる第三者機関を立上げずに偽装や改ざんを防ぐ追跡環境を整備することも可能で、高い透明性や信頼性をインターネット上で確保できることから、多様な用途への応用が期待されている。