No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Expert Interviewエキスパートインタビュー

がん患者をつなぐネットワークを、
治療の未来につなげる。

2019.6.21

イラッド・ドイチ
(ビロング〈Belong.life〉共同創設者、CTO)

がん患者をつなぐネットワークを、治療の未来につなげる。

「ビロング(Belong.life)」は、世界各地で20万人以上の患者が利用しているがん患者のソーシャルネットワークである。スマホアプリは4.8ポイントの評価を得ており(iOS)、がん患者は情報を集めたり、互いに体験談をシェアしたり、専門家に質問をしたりすることが可能だ。加えて注目されるのは、がん患者が闘病のジャーニー(旅路)を歩む際に、機械学習やAIを利用して適切な情報を適切なタイミングで得られるようにしていることだ。AIは、患者のデータが未来の治療に貢献するようにも働いている。ソーシャルネットワークという仕組みを一歩進め、医療の進歩や患者の心を救うところに位置づけたのは、新しいテクノロジーの使い方と言えるだろう。

(インタビュー・文/瀧口範子 写真:Belong.life提供)

── ビロング社は、がん患者のためのソーシャルネットワークのアプリ(Belong.life)を提供しています。これを開発したきっかけは何ですか。

我々の周囲で、開発のきっかけとなる大きな出来事があったからです。ビロングは2015年に創業者3人で設立した会社ですが、現在CEOを務めるエリラン・マルキも私も、愛する家族をがんで亡くすという悲しい経験をしています。私の場合は、母が非小細胞肺がん*1になりました。正しい食事をし、ジョギングで健康を保ち、タバコも吸わなかったのですが、それでもがんに蝕まれてしまったのです。そして、私はがんの母に寄り添う中で、多くの間違いを犯しました。がん患者たちも、闘病のジャーニー(旅路)を歩む途中でたくさんの間違いを犯しています。

実は、同じような体験をしたエリランと私は、もともとビッグデータという呼び方が認知される以前からデータ技術に関わり、スタートアップを何社か成功させてきました。そこでテクノロジーやアナリティクス、AIに関わってきた自分たちが、キャリアで習得したことを「人々の生活を向上させるために使えないか」と考えたのです。正しい情報を正しいタイミングで得たいという患者の強い要望を叶えるために、テクノロジーが橋渡しできると気づいたのです。

── お母さんの闘病では、どんな間違いをしたのですか?

ある時点で抗がん剤が効かなくなり、母の病状に合った臨床試験*2を探しました。ところが、臨床試験は25万件もあるのにその情報をうまく処理することができなかった。あとになって、すぐ近くの病院でぴったりの臨床試験が行われていたことを知りました。コンピュータならば、こうしたマッチングはすぐにできることなのです。

── 病状と臨床試験のマッチングにおけるAIの利用は今、非常に注目されている分野です。ほかには、どのような活用を検討していますか?

がん患者が体験する「孤独」、これをテクノロジーによって救いたいと考えています。たとえば母は、自分の病気を他人に知られたくなかった。というのも、がんに侵されているとわかると、人々はまるでゾンビでも目にするかのようにその人のことを見るようになると母は感じたからです。遅かれ早かれこの世から追放されるのだから、雇用もしないし関わりも持ちたくない――。意図的でなくても、内面では人間はそう考えてしまうと母は感じたのでしょう。母に限らず、がん患者は仕事仲間や友人、ときには家族も含めて誰にも自分の病気のことを打ち明けられず、孤独に陥ってしまう。しかし、テクノロジーがここにあれば、自分のアイデンティティーを明かすことなく友達や専門家を見つけて、そんな寂しさを解決することができます。

── 現在のビロングのユーザー規模はどのくらいでしょうか?

ビロングはがん患者や介護者のためのソーシャルネットワークとして世界最大規模に広がっており、ユーザー患者数は20万人に上ります。アメリカを中心に、世界130か国の人々が利用しています。ビロングを使えば正確な情報を得ることができるほか、医師などのバーチャル医療チームや100社以上の保険会社に直接アクセスでき、心理面でのサポートを得たり、医療カルテを整理したり、ほかの患者の体験談を知ったり、臨床試験を探したり、治療コストを知ったりすることができます。

[写真1]がん患者と介護者のための世界最大のソーシャルネットワークアプリ
提供:Belong.life
がん患者と介護者のための世界最大のソーシャルネットワークアプリ

── ビロングは、たとえば同じソーシャルネットワークであるフェイスブックとはどう違いますか?

最大の違いは、ユーザーが匿名でいられることです。フェイスブックでは自分の名前を明らかにし、顔写真をアップしたりします。そんなところへ「みんな聞いて、ステージ4*3のがんになっちゃったんだけど……」と発言したらどうでしょう。いずれみんなが離れていってしまうでしょう。フェイスブックは、がん患者が自分のステージを気軽に公表できる場所ではないのです。ステージ1や2で、3か月もすれば職場に戻れるような人々はそんな話題を共有していますが、それ以降に進行すると黙ってしまう。母のがんがわかったとき、私は世界に向かって「誰かいい情報を持っている人はいないか」と叫びたい気持ちだったのですが、母がそれを許してくれませんでした。がんになったことを隠しておきたかったからです。

── 匿名性が不可欠であるという、特別な例ですね。

二つ目の違いは、専門家が関わっていること。フェイスブックやグーグルなどを含むインターネット空間には、正しい情報もあれば非専門家による「ただの意見」や嘘もあり、それらが混じり合っている。一方、ビロングでは、がんを体験したユーザーの話と専門家の意見の二つがはっきりとわかります。たとえば、CATスキャン*4の結果で「小瘤*5が3倍の大きさになっている」と告げられたら、それがどういう意味なのか、ここで重要なことは何か、どういった臨床試験があるのかを尋ねることができます。「こんな薬を処方されたが、それは一般的なことか、それとも特別な理由があるのか」といった質問も、ビロングのバーチャル医療チームに聞けるのです。

さらにビロングでは、自分のアイデンティティーを削除したうえで、カルテや医療ファイル、タスクを管理できるようになっています。MRI検査*6を明日に控えていれば、それをリマインドしてくれると同時に、ほかの患者のアドバイスも見られるようになっています。コミュニティというよりは、がん闘病のジャーニーをナビゲートするツールのようなものだと言えるでしょう。

[ 脚注 ]

*1
非小細胞肺がん:肺がんの一種。治癒が困難とされ、さらに線がん、扁平上皮がん、大細胞がんに分類される。
*2
臨床試験:新しい薬剤や治療法、診断法を評価するために、人を対象として行われる試験。治験とも呼ばれる。
*3
ステージ4:ガンは、腫瘍の大きさ、リンパ節への転移、他の臓器への転移の有無などの指標を元に、進行度がステージ0〜4に分類される。ステージ4は、他の臓器へ転移が見られる状態。
*4
CATスキャン:コンピュータX線体軸断層撮影(Computerized Axial Tomography)の略で、CTスキャン(Computed Tomography=コンピュータ断層撮影)と同意。特殊なX線撮影機でスキャンした一連の画像を、コンピュータによって立体画像に統合する。
*5
小瘤:結節、腫瘍
*6
MRI検査:磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging )の略で、強力な磁石と電磁波を利用して、体内の臓器や血管を撮影する検査。筒状の装置の中に入って行われる。
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