No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載02

みんなが夢中になるゲーム。遊ぶだけじゃもったいない。

Series Report

第2回
ゲームは、毒にもなれば薬にもなる。

2019.1.31

文/伊藤元昭

ゲームは、毒にもなれば薬にもなる。

「病は気から」――日本には、そんな慣用句がある。確かに、緊張する場面では心臓の鼓動が速くなり、心安らぐ音楽を聴いてリラックスすればぐっすりと眠れる。心と体の動きは、かように密接につながっているのだろう。生活の中でスポーツや芸術に親しむことによって、心身によい影響が及ぶことはよく知られている。だから、学校には体育や音楽、美術の授業があるのだ。では、これらと同じエンターテインメントに分類されるゲームには、心と体によい作用をもたらす可能性はないのだろうか。実は、ゲームを心と体の育成や癒し、治療に生かす取り組みは既に数多く出てきている。ゲームをエンターテインメント以外の目的に活用する試みについて解説している本連載。第2回は、ゲームを生活習慣の改善やヘルスケア、さらには精神疾患の治療などに活用することの意義と実際の取り組みを紹介する。

「ゲーム依存症は病気である」。2018年6月、世界保健機関(WHO)は、30年ぶりに改定した「国際疾病分類 第11版(ICD-11)」の中に、ゲーム依存症を「ゲーム障害」として盛り込んだ。WHOの定義によれば、「ゲームをプレイする時間などを自分ではコントロールできなくなり、他の出来事や日常生活よりもゲームを優先してしまう状態になる。そして、たとえ様々な問題が起きたとしても、ゲームをプレイし続けたり、さらに多くの時間をゲームに割こうとしたりする状態が、原則、12か月以上*1続く」ことで、ゲーム障害と診断される。

[図1] ゲーム依存症が、WHOによって正式に病気として認定された。
出典:Adobe Stock
ゲーム依存症が、WHOによって正式に病気として認定された。

SNSの利用なども同様の傾向が見られるが、つい最近まで、ゲームをやらずにはいられない、一度始めたらやめることができないといった状態は、単にその人の意思が弱いことが原因だとみなされていた。しかし、WHOは、これはれっきとした病気であり、心身に何らかの不具合が起き、治療が必要な状態になっていると認定したのである。実際、ゲーム障害になってしまうと、食事や睡眠、排泄といった生きるために必要な行為すらしなくなり、本人や周りの人の努力では治すことができなくなるという。

当然、親が子どもに口うるさく注意した程度では改善せず、専門的な医療機関の治療が必要になる。既に、神戸大病院や久里浜医療センターなど、日本国内にもネット依存やゲーム障害の治療を手掛ける医療機関が登場しており、かなり先まで予約が埋まるほどの状況のようだ。

ゲームは、接し方を間違えてしまうと「毒」になる。しかも、誰もが簡単に触れることができるので、ゲーム障害にかかる人の層は広い。さらに、プレイすること自体が楽しいため習慣性が高く、障害の度合いが深刻化しやすいのだ。実際、パズルゲームなどをしながら、「なぜこのように、何の意味もないように思える作業をやり続け、やめられなくなるのだろう」と感じた経験がある人は多いに違いない。

一般に、「毒」と「薬」は表裏一体だ。ならば、「毒」になるゲームも上手に使えば、「薬」にもなり得るのではないだろうか。このような発想から、生活習慣や癖の改善、ヘルスケア、さらには医療にゲームを応用しようとする様々な試みが行われるようになった。

健康増進アプリ「ポケモンGO」の威力

今でも機能が増え続け、多くのプレイヤーがいるスマートフォンのゲーム「ポケモンGO」(図2)。実は、多くの人が健康的な生活を送るための支援を目的として開発されたことを知る人は少ないかもしれない。家の中に閉じこもりがちな人たちが、街中を歩き回り、ポケモンを探すことで知らず知らずのうちに長い距離を歩いてしまう。しかも、歩き回る先々で同じゲームをプレイする人と出会い会話を交わすことで、コミュニケーションによる癒やしも得られる。そんなことを目指して開発されたゲームなのだ。

[図2] 実は健康増進アプリの「ポケモンGO」
出典:Nianticのニュースリリース
実は健康増進アプリの「ポケモンGO」

この狙いは完全に当たった。しかも、想定以上の波及効果をもたらしている。街中で、子供や若いプレイヤーに交じり、高齢者がポケモンGOをプレイしている様子を見かけることは多い。おそらくそれぞれのプレイヤーは、健康増進をしているという意識はあまりないと思われる。しかし、事実として、かなり長い距離を日常的に歩くことになるのだ。しかも、見知らぬ人と直接会話をする機会が圧倒的に増えているに違いない。

ポケモンGOの開発元であるアメリカのNiantic社が公表しているプレイヤー2000人を対象にした調査によると、70%が歩くモチベーションが向上したと感じており、64%がより多く外出するきっかけになったと回答している。さらに、47%がゲームを通して身体的活動レベルが上昇したと感じているのだという。同様の結果を、ゲーム以外の手段で実現しようとしても、かなり難しいだろう。しかも、ともすれば引きこもりがちになってしまう高齢者までも外出させてしまう威力には、目を見張るものがある。

[ 脚注 ]

*1
症状や問題が深刻な場合には、さらに短期間でもゲーム障害と診断される。
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