- 中山 健夫
- 京都大学大学院
医学研究科教授
- 喜連川 優
- 国立情報学研究所所長、
東京大学生産技術研究所教授
PRESENTED BY
クロストーク ”テクノロジーの未来を紐解く
後編:医療ビッグデータを実際にどう生かしていくのか
21世紀はデータサイエンスの時代である。AIを活用しビッグデータを解析する。その結果は、これまでのサイエンスの限界を超える知見を与えてくれる可能性が高い。医療の世界も同様だ。人の健康、病気やその治療に関するビッグデータは、医療の質の向上や効率化などに大きく貢献する。では、医療ビッグデータをどのように活用すればよいのだろうか。京都大学大学院医学研究科において疫学研究に努め、日本初の医療ビッグデータ関連の書籍『医療ビッグデータがもたらす社会変革』を刊行した中山健夫氏と、国立情報学研究所所長と東京大学生産技術研究所教授を兼任する情報解析の第一人者喜連川優氏に、それぞれの立場から医療ビッグデータの可能性について語ってもらった。
中山 ── 先制医療、英語ではプリエンプティブ・メディシン(preemptive medicine)ですが、これは第29回の医学会総会*1で会頭を務められた、元京都大学総長の井村裕夫先生が提唱された概念です。
先制医療も基本的にはプレシジョン・メディシンとほとんど同じ考え方で、人間一人ひとり異なる体質やジェノタイプ(遺伝子型)に最もふさわしい健康づくりがあると考え、これを実現するための研究がいま進められています。ただ現時点ではまだ、どれぐらいの精度の医療が、いつぐらいに実現できるのかは不明ですが、ゲノム医療は、がん治療の分野を中心に取り組まれており、ジェノタイプによる抗がん剤の選択が可能になりつつあります。
がん以外の領域で遺伝子が関わる病気の対策として機能しているのが新生児スクリーニング*2による先天性代謝異常等検査です。フェニルケトン尿症やクレチン症*3などは、血液のスクリーニングでわかるようになっています。生まれつきの酵素欠損症*4などもわかるので、その酵素がなくても消化できる食事を提供して子どもを育てられるようになっています。
中山 ── ゲノム医療が一概に有効に機能しているとは、言い難いのが実状です。近年問題となっている認知症なども、ゲノムで診ていくのがよいのかどうか、現時点ではまだ判断ができません。
しかし、高血圧や糖尿病などの身近な生活習慣病は、もしかするとゲノム医療が大きく進歩していく分野かもしれません。
高血圧の患者さんは約2000万人です。この方たちをジェノタイプにより分類していくと、何らかの違いが見つかる可能性はあると思います。ただし、降圧剤が良くなっていて、たいていの高血圧の患者さんにはARB、つまりアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬をはじめとする現在の薬が十分有効です。だから、あえてジェノタイプに分けて考える必要がないとも考えられます。
一方で予備軍まで含めると約2000万人ともいわれる糖尿病*5については、生活習慣病でも先天性の病気でもない1型糖尿病*6はおくとして、典型的な生活習慣病である2型糖尿病については、ジェノタイプの研究が進めば、より良い治療に結び付く、詳細な分類ができるかもしれません。同じ2型糖尿病とはいえ、比較的若いうちから発症したり進行が早いタイプは、太っている人が60歳ぐらいになって発症する多くの糖尿病とは、ジェノタイプが異なる可能性が考えられます。ただ、これも現時点では区別できていないのが実状です。ほかにもジェノタイプに基づいたゲノム医療が、ピンポイントでフィットする病態もあると思いますが、いずれも現時点ではまだ研究の途上と感じます。