No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

誰もが自分の遺伝子情報を知る時代、人々の生き方と社会の仕組みは一変する。

2018.12.27

高橋 祥子
(株式会社ジーンクエスト 代表取締役 兼 
株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当)

誰もが自分の遺伝子情報を知る時代、人々の生き方と社会の仕組みは一変する。

持って生まれた自分の体について、私たちは驚くほど知らない。「父親の背が高いから、私も高い」とか、「我が家は文系の家系だ」とか、いかにも遺伝的な特徴を語っているような話も、その実、科学的な裏付けがあったわけではないのだ。ところが現在、科学の進歩によって、疾病リスクや体質、性格などの傾向を簡単に遺伝子解析で調べることができる時代になった。そのため、一人ひとりの体の設計図としての遺伝子情報を読み取り、そのデータをよりよい生活を送るために活用可能になってきたのだ。遺伝子解析により、星座占いや血液型性格診断などとは次元の異なる、科学的根拠のある生きる指針が得られる。今回のインタビューでは、個人向けの遺伝子解析サービスを提供しているジーンクエストの高橋祥子氏に、個人が自らの遺伝子情報を知る時代のインパクトについて聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭 写真:黒滝千里〈アマナ〉)

自分の遺伝子情報を手軽に調べる時代が到来

高橋 祥子氏

── 遺伝子解析を応用した取り組みが注目されるようになりました。ジーンクエストでは、どのようなビジネスをしているのでしょうか。

個人向け遺伝子解析サービスと、それを通じて蓄積した遺伝子データをビッグデータ化して様々な研究を支援するサービスを提供しています。

個人向け遺伝子解析サービスでは、インターネットを介して遺伝子情報を提供しています。ウェブサイトから解析の申し込みをしていただければ、遺伝子解析キットがご自宅に届きます。そして、唾液を採取して返送していただき、約1か月後にマイページ上で解析結果を確認するという流れです。解析そのものも簡単で、気軽に利用できるサービスにしています。

ヒトゲノムの配列は2003年に解読されましたが、その配列の一つひとつにどのような意味があるのか全貌は分かっていません。そのため、今でも読み解く作業が世界中で進められていて、日々新しい発見が続いており、遺伝子解析により読み取れる項目が増えたり、正確さが増したりしている状況です。遺伝子の配列は生涯変わりませんから、ジーンクエストで遺伝子解析サービスを一度受けていただければ、こうした情報のアップデートを無償で提供いたします。

── 蓄積した遺伝子データを基にした研究支援サービスでは、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか。

個人向け遺伝子解析サービスを受けていただいた方には、生活環境などのアンケートへの協力をお願いしています。遺伝子情報とこうしたアンケートの結果を結びつけて、より有用なビッグデータとしているわけです。これを社内や研究機関と共同で進めている20件以上の研究プロジェクトに活用し、未だ分かっていない疾患メカニズムの解明や創薬につながる研究を行っています。

2018年は、社内やパートナー企業と共同で進めていた研究で多くの成果が出た年でした。国内外の学界や科学雑誌で論文がいくつか受理され、その成果を発表しています。例えば、国立精神・神経医療研究センターと共同で、うつ病と体格、メタボリック症候群、生活習慣が関連することを、日本人1万1876人が参加したウェブ調査で明らかにしました。また、東京大学と共同で、日本人などアジア系で多く発症するエビ・カニアレルギーに関係する遺伝子多型(DNA配列の個体差)を見出しています。また、日本人の甘味への嗜好に関係する遺伝子多型を特定し、国際学会にて発表しました。*1

病気のリスクからお酒の強さ、筋肉の質、性格の傾向まで分かる

── 個人向け遺伝子解析サービスの解析結果から、どのようなことが分かるのでしょうか。

現時点で、300項目以上もの疾病リスクや体質の傾向などの情報を提供しています。たとえば、がんや糖尿病、脳卒中、高血圧などの疾患リスクや、お酒に強い遺伝子タイプなのかといったことが分析可能です。遺伝子情報を知っておくことで、病気になってから治すのではなく、病気になる前に予防して生活の質を高めるための指針が得られます。

あらゆる疾患は、遺伝要因と環境要因の両方に起因しますが、どちらの要因の寄与が大きいかは、疾患ごとに大きく異なります。たとえば、がんのなかでも乳がんは遺伝要因が高く、女優のアンジェリーナ・ジョリーが予防的措置を取ったことで、このことはよく知られるようになりました。ただし、同じがんでも、肺がんへの遺伝要因の影響度は10%ほどで、残りは喫煙など環境要因が大きくなります。気になる疾患の傾向を知ったうえで遺伝子情報を解釈すれば、発症するリスクを軽減する生活が送れるはずです。

また、現時点でエビデンスが得られている項目の多くは、疾患にかかわるものになります。それは、遺伝子情報に関する論文のほとんどが、研究費がつきやすい疾患に関するものだからです。ただし最近の研究の結果、遺伝子情報からは、もっと一般的な体質に関する傾向も得られることが分かってきました。たとえば、就寝時間が遅いなどの睡眠の傾向、情緒安定性などの性格の傾向、瞬発系なのか持久系なのかといった付きやすい筋肉の傾向なども分かります。もちろん、これらも遺伝要因だけで決まるわけではありません。しかし、生活の質を高めるうえで確実に役立つ情報だと思います。

── 唾液から、かなり様々なことがわかるのですね。なぜ個人向けサービスを提供しようと思ったのでしょうか。遺伝子の解析結果のような情報は、研究機関や病院など専門的な組織だけが扱うものであるという印象があります。

ヒトゲノムが解読された時点で、個人が自分の遺伝子情報を知ることができる時代が来るというのは、予想できたことでした。現時点では、DNAを読み取る装置は研究機関などにしか置かれていないと思いますが、次の世代では、USBメモリー程度の大きさの装置で遺伝子情報を解析できるようになっていると思います。パソコンにつなげて、誰でも、その場で解析できるようになるかもしれません。

そうなると、自分の遺伝子だけでなく、他人の髪の毛や植物や動物の遺伝子も手軽に調べることができるようになるでしょう。すると、遺伝子情報は、専門家だけが扱うものではなく、大衆化するようになると思います。そして、手軽に知ることができるようになった遺伝子情報から、様々な応用が生まれてくることになるでしょう。そうした時代の先駆けとして、まずは個人の遺伝子情報の活用法を提案していきたいと考えています。

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