No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

データ駆動型社会における新しいヘルスケア
~時代の転換点における必須の論点~前編

2019.3.4

宮田 裕章
(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授)

データ駆動型社会における新しいヘルスケア〜時代の転換点における必須の論点〜

医療機関や行政データだけでなく、ゲノム、IoTを活用したライフログ、環境情報などがデータ化されることで、世界は膨大なデータで溢れ始めている。病気の初期症状から経時変化、治療の手順、方法、治療期間中の病状の変化、回復期間、回復時の患者の様子など取得されたデータは極めて豊富にある。先端的なIT企業は、データは石油に代わる将来の資源であると言ってはばからない。GAFA*1に代表されるデータ先端企業群、GDPR(EU一般データ保護規則)、そして市場経済のルールがないため、何が起こってもおかしくない中国といった世界のデータ先進地域を前に、日本はどうあるべきか。医療界から、多様な健康とWellbeingを実現するために、未来志向のシステム「PeOPLe」をはじめ様々な産官学連携の取り組みを行っている、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の宮田裕章教授に聞いた。

(インタビュー・文/津田 建二 写真:川合穂波〈アマナ〉)

宮田 裕章

── 本日は、PeOPLe(Person-centered Open Platform for Wellbeing)についてお話を伺いに来ました。

PeOPLeについてお話する前に、その前提となる時代背景について説明させてください。今、ビッグデータをはじめとして、医療だけでなく大きな時代の変革点に来ています。

2018年に閣議決定された未来投資戦略で、2019年の日本のテーマは、ヘルスケアとモビリティを主軸としたデータ駆動型社会が標榜されています。しかし、データ駆動型社会という観点から見たとき、世界における日本の存在感は現時点ではそれほど高くありません。現時点では主軸はGAFA、EU、中国という地域の取り組みにあります。

[図1] VALUE CO-CREATION SOCIETY(価値共創社会)への移行の背景
出典:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
VALUE CO-CREATION SOCIETY(価値共創社会)への移行の背景

GAFA:巨大プラットフォーマーの時代

石油メジャーの売り上げが2012年にGAFA4社に抜かれました。それからわずか数年で、GAFAはさらに数倍の大きさになっています。

例えば多くの日本の人々が知るよりもAmazonの成長速度はずっと早い。また現時点で高い利益を挙げているのはEコマースではなくAWS(Amazon Web Service)で知られるクラウドビジネスで、そのシェアIaaSの分野で50%以上を占めています。ただ彼らによると、2000年初頭には日本企業にもチャンスはあったといいます。ただ、カニバリゼーション*2の心配などで躊躇しているうちにチャンスを逃がしてしまったのです。

また、日本では優れたコンピュータというと、速いコンピュータを指していました。もちろん速いことも重要ですが、クラウド時代には電力効率の良いコンピュータが重要な要素です。

AmazonやMicrosoftはこの点を踏まえた投資を行い、日本の企業が追従することが困難な差を作り上げました。2位じゃだめなんですか?という議論がありましたが、転換期においては既存のゲームだけでなく、新しいゲームで1位を目指すことが最も重要なのです。

EU:GDPRの可能性と課題

こうした流れの中で、再びゲームチェンジが起こりました。これが2018年にEUで制定されたGDPRです。

この制定によりどんな変化が起きるのか。最も重要なのは、従来は政府や巨大企業が保有していたデータが、個人を軸に流通するようになるというパラダイムシフトです。この中核となる“データポータビリティ”は、21世紀の基本的人権になりうる重要な要素です。

今までは企業や国が、収集したデータに対するアクセス権を持っていましたが、あらゆる人が自分のデータに対してアクセス権を持つ社会へとシフトしていくことになります。そのためには、データをどう流通させるかというルールや運用のシステムが必要になります。

GDPRの課題はまさにこの点にあります。例えば石油であれば、これは私の油田で、あなたの油田は別のところにあるものですという、いわゆる排他的所有を軸にすればよかったのです。しかし、データは排他的な所有物という観点から考えるだけでは不十分です。1人の患者データから何かを考えるよりも、1000人のデータを集めて考える方が、より良いサービスを提供できるのです。

このようにデータは共有財とか公共財に近い価値を持っており、そのためのルールが必要なのですが、EUのGDPRではまだ有効な運用は実現していません。むしろ、GDPRの今の概念は、市場によるデータ活用を足止めするような形になっていて、ポジティブにデータを活用するようにはなっていないのです。

そこで私たちはG20で日本がルールを提案し、次代をリードしようと、政府と一緒に取り組んでいます。

[ 脚注 ]

*1
GAFA:インターネットサービスを主ビジネスとする、グーグル(Google)社、アマゾン(Amazon)社、フェイスブック(Facebook)社、アップル(Apple)社の4企業のこと
*2
カニバリゼーション:自分で自分の足を食べてしまうという意味。例えばコンパクトデジタルカメラがスマートフォンに代替されたように、デジカメメーカーがスマホを開発するうえで躊躇する場合に使われる。
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