- 堀江 健志
- 株式会社富士通研究所
取締役
- 齋藤 和紀
- エクスポネンシャル・ジャパン株式会社
共同代表
PRESENTED BY
クロストーク ”テクノロジーの未来を紐解く
前編:量子コンピュータの可能性
「既存のコンピュータと比べて1億倍速い」。これは、カナダの企業が開発しGoogleやNASAが導入した、量子コンピュータのキャッチフレーズだ。このようにコンピュータパワーがエクスポネンシャル(指数関数的)に向上していった先に、何が起こるのだろうか。量子コンピュータと汎用コンピュータ両者の良さを取り入れた『デジタルアニーラ』を開発した富士通研究所、取締役堀江健志氏を、シンギュラリティ・ビジネスに造詣の深いコンサルタント齋藤和紀氏が訪ねて、近未来についての議論を交わした。
齋藤 ── 昨年、シリコンバレーにあるシンギュラリティ・ユニバーシティ*1のExecutive Programに参加して、衝撃的な学びを得ました。シンギュラリティ・ユニバーシティについては、何かご存知ですか。
堀江 ── 変わった名前の大学ですね。シンギュラリティといえば、レイ・カーツワイル*2が唱えた技術的特異点のことでしょう。AIが発達して人間の知性を超える時として語られていて、2045年に訪れるという。
齋藤 ── ユニバーシティと名前にはあるものの、いわゆる大学ではありません。この教育機関の創設者は、堀江さんが仰ったレイ・カーツワイルと『楽観主義者の未来予測』の著者として知られるピーター・ディアマンテス*3の2人です。ここでテクノロジーを俯瞰してみることの重要性を学ぶ中で、一つの「キーワード」として頭に刻み込まれたのが量子コンピュータでした。
堀江 ── 私もシリコンバレーには10年ほど滞在して、スタンフォードや富士通のアメリカ研究所でコンピュータアーキテクチャーの研究に没頭してきました。そして私が今まさに取り組んでいるのが、富士通独自の新アーキテクチャ『デジタルアニーラ*4』です。SDGsがいわれているように、我々の社会には差し迫って解くべき問題がたくさんあります。それらを解決するツールとしてITの活用が求められているため、今すぐ使える最も理想に近いコンピュータとしてデジタルアニーラの提供を始めたのです。
齋藤 ── その量子コンピュータについて、ぜひ教えていただきたい。昨年末ぐらいから様々なメディアで取り上げられるようになりましたが、素人には今ひとつわかりにくい。これは従来のコンピュータとどこが違うのでしょうか。
堀江 ── 従来型の汎用コンピュータは、様々なタスクを処理できます。元々は計算から始まり、やがて事務処理を行うようになり、インターネットの普及とともにコミュニケーションのツールとしても使われています。これに対して、いわゆる量子コンピュータを含む新しいコンピュータは、何か特定の用途に特化して開発されています。
齋藤 ── ということは、従来型のコンピュータが、いずれすべて量子コンピュータによって置き換えられるわけではないのですか。
堀江 ── その通りです。仮に量子コンピュータが普及するようになったとしても、従来型のコンピュータも相変わらず必要です。我々は量子コンピュータも含めて、新しいコンピュータの概念を『ドメイン指向コンピューティング(図1)』と呼んでいます。これは例えば、人工知能やメディア処理など特定の領域向けに最適化することで、高い性能や機能を発揮する次世代のコンピュータアーキテクチャー技術です。
齋藤 ── これまではムーアの法則*5に示されたとおりに、半導体の微細化技術の進歩に伴ってコンピュータの性能が向上してきました。量子コンピュータは、その延長線上ではない存在と理解すればよいわけですね。
堀江 ── 実際にはムーアの法則は終焉に近づきつつあり、半導体の集積度自体はまだしばらく高まるものの、それに比例して性能が上がるというわけにはいかなくなっています。そこで、従来とはまったく別のアプローチから開発されたのが量子コンピュータです。GPU*6で例えるなら、NVIDIA*7が出しているGPUも汎用製品ではなく、特定領域で飛び抜けた力を発揮します。今後は、こうしたドメイン指向コンピューティングが大きなトレンドになると考えています。