No.021 特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

No.021

特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

Expert Interviewエキスパートインタビュー

自分で考え行動するゲームキャラクター
進化するゲーム世界と現実世界への応用

2019.9.30

三宅 陽一郎
(株式会社スクウェア・エニックス テクノロジー推進部リードAIリサーチャー)

自分で考え行動するゲームキャラクター 進化するゲーム世界と現実世界への応用

これまで産業界では3度のAIブームが起きている。現在はディープラーニングや機械学習といった技術が用いられている第3次AIブームの最中だ。しかし、このブームとは違う環境でAI技術を発展させてきた分野がある。それがゲーム業界だ。2000年ごろから登場し始めてきた3Dゲームが、ゲーム業界でのAI発展の扉を開けたと言われる。目の前で刻一刻と変化していくゲーム内世界で行動するゲームキャラクターには、自分で世界を感じ取り、自分で判断して、自分の体を動かすという自律的な行動が求められるようになったのだ。キャラクターにAIを搭載することで始まったゲーム界のAI利用は、現在、さらに発展を見せ、ゲーム内の地形を解析し目的に応じた地点を見つけ出すナビゲーションAI、ゲーム内の状況を監視し適切なタイミングでプレイヤーを楽しませるようにキャラクターに命令を出すメタAIなども登場している。ゲーム業界でのAI発展の経緯と、ゲームAIの今後の展望について、スクウェア・エニックス テクノロジー推進部リードAIリサーチャーの三宅陽一郎氏に伺った。

(インタビュー・文/津田 建二 写真:黒滝千里〈アマナ〉)

キャラクターを自律的に動かすAI

三宅 陽一郎氏

── 三宅さんは2004年からAIを研究してこられ、その応用先としてゲームソフトのメーカーに入社されたわけですが、ゲームとAIとの関係を教えてください。

ゲームへのAI利用には、主人公や脇役のゲームキャラクターにAIを使う場合と、ゲームの開発工程にAIを適用する場合とがあります。実はゲームのキャラクターとロボットは、よく似ており、どちらも「センシングして意思決定をして行動する」、こうした一連の動きをリアルタイムでインタラクティブに処理します。このため現在のゲームキャラクター用AI(キャラクターAI)には、ロボティクスの技術が多数、応用されています。ロボカップサッカーのような、ロボットを動かして競うゲームのAIを作った経験者には、ゲームのAIはなじみ深い分野かと思います。

── AIとは人によって定義が違うのですが、三宅さんの定義するAIとは何でしょうか?

AIの定義には、実はAIの歴史が絡むので、少しAIの歴史を紹介したいと思います。AIという言葉ができたのは、1956年のアメリカ・ニューハンプシャー州のダートマス大学で開催され、人工知能の学術研究分野を確立したダートマス会議が発祥だと言われています。しかし、当時のメインフレームコンピュータは、タイムシェアリングで使うことが前提でした。理論を考え抜いて、プログラムを書いて実験することが繰り返されました。それから20年が経ち、コンピュータが個人でも手に入ることがようやくできるようになります。家庭用ゲーム機は70年代後半に初めて現れました。

その後90年代半ばからは、ゲーム界では3Dゲームの普及に伴い、キャラクターにAIで知能を持たせるようになります。すると、仮想世界の中ではありますが、キャラクターたちは現実の人間のように振る舞うようになりました。こうした開発結果をもとに現実世界で、も活躍するようなAIが作られようとしています。つまりゲーム内で実験をしながら現実世界で使えるAIを育ててきたといえるでしょう。このことについて後で説明します。

AI開発には、これまでのゲーム作りの流れとは違う、もう一つの流れがありました。人工生命の研究の流れです。人工生命とはコンピュータ上でシミュレートされた生命体のことで、自律的に学習しながら、環境や状況に適応して進化していきます。昔はこれを作ることが難しかったため、グリッドを作り、その上で動くセルオートマトン手法*1が使われていました。

90年代には仮想的な3D空間をコンピュータ上に作れるようになってきましたので、この中で人工生命を作ろうという動きが出てきました。コンピュータ科学者のカール・シムズ氏が作った3Dでできた生物がどんどん進化するシミュレーションが特に有名です。

2000年ごろから普及し始める3Dゲームの時代になると、AIにより自律的に動けるキャラクターが登場するようになります。このころ私はAIと人工生命を融合したデジタルゲーム人工知能を開発しました。これは、仮想3D空間の中において、自分で世界を感じて、自分で判断して、自分で自分の身体を動かす、というAIです。

このようなAIを搭載した自律型のキャラクターが登場するゲームは、当時、米国を中心に立ち上がってきました。2002年には「HALO(ヘイロー)」(Bungie)というゲームが登場。仮想3D空間で、AIを搭載した多数のキャラクター兵士が人間のように動きます。それぞれのキャラクターが岩に隠れたり、先に行くか行かないかを相談したりしながら進攻していくのです。

従来のゲームは、操り人形のように、ある場所ではこう動くというように予め行動が決められていましたが、2000年以降のゲームは各キャラクターにAIが搭載され、自律的に動く人工生命になりました。

── ゲームでの日米の違いはありますか?

ヘイローに代表される銃撃戦のゲームは日本では米国ほど好まれません。日本では、平和なファンタジー世界を冒険するゲームが作られることが多いです。例えば、2016年に登場したファイナルファンタジーXVでは、3Dグラフィックスを駆使して作った森や木のモンスターが登場します。主人公は自分でその世界を感じながら考えて行動するようになりました。ゲームですから、登場するキャラクターみんなに役割があります。プレイヤーを見たら攻撃するキャラクターがいれば、一緒に行動する仲間のようなキャラクターもいます。こうしたキャラクターが全て自分で考えて行動する訳です。

[ 脚注 ]

*1
セルオートマトン手法:格子状(グリッド)のセルからセルへと離散的に移動することで動きを表現したゲームの手法。元々は、計算モデルの一種である。
TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK