No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Expert Interviewエキスパートインタビュー

簡単操作で結果が得られる量子コンピュータの凄さと課題

2018.06.29

大関 真之
東北大学大学院 情報科学研究科 応用情報科学専攻 准教授

簡単操作で結果が得られる量子コンピュータの凄さと課題

あらゆる業種で、量子コンピュータを活用する機運が高まっている。「ビジネス中で頻出する、従来コンピュータが苦手な組合せ最適化問題を劇的な速さで解く」と喧伝されるその特徴から、期待は膨らむばかりだ。しかし、量子コンピュータの可能性を語る人は多いが、実際に使った経験がある人は極めて少ない。そもそも、“量子”という難解な物理用語を冠したコンピュータは、従来コンピュータと同様に使えるものなのか。使いこなすためには、どのようなスキルが必要なのか。明確な答えを持っている人も少ない。世界初の商用量子コンピュータであるD-Wave Systems社のマシンを実際に使い、応用の開拓と、より効果的な活用法を探る東北大学の大関真之氏に、利用者視点から見た量子コンピュータについて聞いた。

(インタビュー・文/伊藤元昭 写真/黒滝千里(アマナ))

大関 真之氏

導かれるように始めた量子アニーリングの研究

── 量子コンピュータの話題が、様々なメディアで頻繁に取り上げられるようになりました。

私は、東京工業大学理学部物理学科の、量子アニーリング*1の提唱者として知られる西森秀稔教授の研究室で紙と鉛筆で計算をし、頭をひねりながら進める理論的な研究をしていました。けれども、基礎科学分野における門戸が狭まっていることを感じたため、他の分野にも挑戦していく必要があると考え、2010年頃に情報系の研究分野へと足場を移して行きました。運が良いことにこの判断のタイミングは、コンピュータがデータの傾向を自動的に取り出す機械学習の研究がちょうど盛り上がり始めた時期でした。

そして、機械学習の研究を進めている中で、カナダのベンチャー企業であるD-Wave Systems社が、量子アニーリングを実装した商用マシンを発売したという噂を耳にしたのです。東工大の西森研究室では、量子アニーリングを理論的に研究していたわけですから、その技術の可能性はよく分かっています。しかし、実際に動くマシンを作り、しかも販売していると聞き、そもそもそんなに役立つものだろうかと興味を持ったのです。

── D-Wave Systems社が商用マシンを作った狙いを調べたのですね。で、どのように思われましたか。

納得しましたね。人工知能(AI)や機械学習の勉強や研究を通じて、現実の世の中には、組合せ最適化問題*2と呼ばれる従来コンピュータでは簡単には解けない問題がたくさんあることを知っていましたから。D-Waveが、量子アニーリング・マシンで、多くの組合せ最適化問題を果敢に解こうとしていることを知り、確かに使い所があるなと感じたのです。そして、量子アニーリングと人工知能を組み合わせた情報処理については、まだ手つかずの状態だったので、そこをテーマにして研究を進めようと考えました。

ただし、研究しているうちに理屈ばかり考えていてもつまらなくなり、せっかく動くD-Waveマシンがあるのなら、実際に使ってみたいと思ったのです。そんな時、西森先生から、Google社が保有しているD-Waveマシンを使って、共同研究をしないかというお誘いがありました。そこで私は、D-Waveマシンで解くべき問題や面白そうな使い方をあの手この手で提案したのですが、ちょっと先を行き過ぎたアイデアだったようで、せっかくの共同研究のお話は流れて、しかし実はそのときに提案していた方法がD-Waveマシンの最新機能にさらりと搭載されていたりして、何気に悔しい思いをしています(笑)。

でも、一度使いたいという思いに火がついてしまいましたから、自分でやるしかないと考え、D-Waveに「マシンを借りるとするといくらなのか」と直接聞いてみたのです。すると、意外に手が届く金額だということが分かりました。研究費をやり繰りすれば捻出できそうな額でしたから、試しに使ってみようということになったのです。

難解な問題が、あまりにあっけなく解ける

── 実際に使ってみて、どのような感想を持ちましたか。

まず、何より、思いのほか簡単に使えるのに驚きました。解きたい問題が決まったら、その問題をインプットし、クリックすれば、答えがすぐさま返ってくるのです。量子コンピュータには、“量子”という難しい言葉がついているため、量子力学を勉強した人以外には使えない、使い方自体が難解なマシンだと考える人が多いと思います。しかし、実際に使ってみたD-Waveマシンは、量子の“り”の字も知らなくても利用できるものだったのです。

しかも、解を出すのに要する時間は、たった20マイクロ秒。まさに一瞬の出来事なのです。たまに普段より時間が掛かる場合もありますが、それはカナダにあるD-Waveマシンとやり取りする際に生じる通信に手間取っていただけでした。

実際に使ってみて、「これはすごいものができた」と心底興奮しました。今や、遠隔地のスーパーコンピュータを利用して、多様で高度な計算ができる時代です。そこでさらに、量子コンピュータを使えるようになれば、これまで解かれることなく放置されていた困難な問題を、誰もが一瞬で解決できてしまう未来がやってくると感じました。

D-Waveマシンへのログイン画面(C)D-Wave Systems
D-Waveマシンへのログイン画面
D-Wave 2000Qを利用する様子。2048量子ビットが立ち並び複雑な相互作用をする関係の中から最適解を導く。
(C)D-Wave Systems
D-Wave 2000Qを利用する様子。

[ 脚注 ]

*1
量子アニーリング(焼き鈍し): 量子ゆらぎの現象を活用して、様々な組合せが想定される解の候補の中から、求めたい条件下で最小となる解を探し出す計算技術。従来コンピュータで解くと莫大な時間が掛かる複雑な組合せ最適化処理を高速かつ高精度に解くことができると期待されている。1998年に門脇正史氏と西森秀稔氏によって理論的に提案された。
*2
組合せ最適化問題: 与えられた条件を満たすような組合せを選ぶとき、選べる組合せの中から一番良いものを探し出す問題。
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