No.016 特集:宇宙ビジネス百花繚乱

No.016

特集:宇宙ビジネス百花繚乱

技術の積み重ねが宇宙への階段に

クロストーク ”テクノロジーの未来を紐解くスペシャルセッション”

技術の積み重ねが宇宙への階段に

井田 茂
東京工業大学教授
黒田 有彩
タレント

規制緩和によって民間に宇宙開発のフィールドが開放され、世界中でさまざまな企業がしのぎを削っている宇宙ビジネスの現場。そこでは最先端の研究拠点と手を携えて進むプロジェクトも少なくない。近年、特に目覚ましい飛躍を遂げている天文観測の研究分野では、宇宙探査に関してどんな未来像を描いているのか。系外惑星を研究する東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の井田茂教授のもとに宇宙飛行士を目指すタレントの黒田有彩さんが訪ねた。

(構成・文/神吉弘邦 写真/黒滝千里(アマナ))

地球には1種類の生物しかいない

生物が存在する可能性が取りざたされている火星
これまでNASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査ミッションにより、複数台のローバー(自走式ロボット)が着陸、調査・観測を行っているが、まだ生物の発見には至っていない。
©Stocktrek Images /amanaimages
生物が存在する可能性が取りざたされている火星。

── 今回のテーマ「宇宙ビジネス」に関連して、2020年代以降は民間企業も巻き込んで有人火星探査が現実的な話題になってきそうです。

井田 ── 今、火星に生物がいるかどうかは大きな議論になっていますよね。火星の表面は水もなくカラカラに乾いているので、生物が生存するには非常に厳しい条件です。しかし、おそらく40億から35億年前には、火星の表面にも水があったことは確実だろうと言われています。

そのような大昔に微生物が生まれ、地下へ潜っているかもしれないんです。見つかったら大発見ですが、果たしてそれが「生き物」だと分かるのか。なにしろ、私たちはたった1種類の生物しか知らないのですから。

黒田 ── たった1種類というのは、どういう意味なんですか?

井田 ── 地球の生物というのは、ヒトだって、スギの木だって、大腸菌だって、みんな遺伝子暗号は基本的に同じだし、体をつくっているアミノ酸も同じ20種類です。つまり、同じ祖先から分かれてきたことは確実なんですね。そういう意味で、われわれは1種類の(祖先から枝分かれした)生き物しか知らないと言えるのです。

共通の祖先を持つ生き物しかいない地球の中ですら、われわれとスギと大腸菌が同じ生物だということは、知識がなければ認識できません。ましてや全く違う祖先から進化してきた生物がいたら、どんな形をしているのか、どういう体の仕組みなのか、なかなか想像できないでしょう。もし、火星にいる生命体が地球とはまったく別系統の生物だとしたら、われわれはそれを生物だと認識できるのでしょうか。それを知るのためには、まず「生命とは何か」を理解することが重要になってきます。

火星には水と有機物があって、ある程度エネルギーの出し入れがあるとします。火星だったら太陽からの光が届くので、そういう中である種の化学反応が進めば、そこで何かが生まれていてもおかしくありません。現状では、生物がいると仮定して、「どう絞り込んでいくのか」「どうやって検知するのか」「どういったものを解析できればいいのか」が問題になっているところです。

実はもうすでに発見されているのに、認識ができていないだけという可能性だってあるのです。さらに、地球外生物を認識するためには、「それを生物とみなしていいのか」ということも大きな課題になるでしょう。

井田 茂氏

生命をどう定義するのか?

黒田 ── 今まで研究されてきた中で、先生自身は「生物」をどう定義しているのでしょうか。

井田 ── 私は生物学者ではなく、それこそ物理や天文の方面から来ているので、地球外生物の話をするようになってから改めて勉強した口なんです。外から入ってきた私には、生物学者が生物に持っている詳細な知識がないので、かえって客観的に見ることができる部分もあるかもしれないですが、この答えは非常に難しいというのが正直な感想です。

地球の生物に関して、「こういう特徴がある」ということは言えます。例えば、生物には細胞膜という膜があり、そこでエネルギーを出し入れする「代謝」が行われていますよね。そうした活動をしながら自己を複製していき、特徴を遺伝させる。これらは地球生物の性質としてあるものですが、宇宙でどれだけ一般的に適用できるものなのか、なかなか難しいという印象があります。

一方で、量子力学の祖の一人として有名な物理学者のシュレディンガー*1などは生命を独自に定義しています。通常の物理法則においてエントロピー*2は増大していきますが、生物はエントロピーを増大させないよう、一定に保ったり、下げていったりする機能がある。つまり、物理法則に逆らってある種の秩序をつくっているのです。そこで、宇宙全体として見たらエントロピーが増大していく中で、局所的に減少させ、平衡を保つようなものを「生命」と定義しようというのが、シュレディンガーの考えでした。これはとても面白い見方だと思っています。

エルヴィン・シュレディンガー
オーストリア出身の理論物理学者(1887〜1961年)。波動形式の量子力学である「波動力学」、量子力学の基本方程式であるシュレディンガー方程式を提唱。量子力学の発展を築き上げたとして名高い。「シュレディンガーの猫」という思考実験でも有名。
©Science Photo Library/amanaimages
エルヴィン・シュレディンガー

[ 脚注 ]

*1
エルヴィン・シュレディンガー(1887-1961): オーストリア出身の理論物理学者。波動形式の量子力学である「波動力学」や、量子力学における基礎方程式となる「シュレディンガー方程式」を提唱。量子力学では、ある対象を状態の重ね合わせ(観測によって初めて確率的に状態が決定する)として捉えるが、その不完全性を思考実験「シュレディンガーの猫」によって指摘した。1944年に著書『生命とは何か』を刊行。物理理論の知識を応用し、独自の生命観を記述。のちに発展する分子生物学の領域にも影響を与えた。
*2
エントロピー: 状態の「乱雑さ」「不規則さ」の度合いを表す指標で、熱力学、統計力学、情報理論などで使われる指標。熱力学第二法則(断熱系において不可逆的な変化が生じた場合、その系のエントロピーは増大する)は、「エントロピー増大の法則」とも呼ばれる。この法則から導き出される学説に、宇宙の最終状態はエントロピー極大の熱平衡状態(すべてのエネルギーが均等に分布した状態。例えば、風呂の湯に冷水を混ぜ入れると、やがて温度が一定になるのと同様)に達するという「熱的死」がある。19世紀後半、エントロピーの減少は可能だとする熱力学上の思考実験「マクスウェルの悪魔」が英国の理論物理学者、ジェームズ・クラーク・マクスウェルによって示されたが、20世紀後半に計算機科学の発展によって一応の解決を見た。
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