No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Visiting Laboratories研究室紹介

小野 功 准教授

多くの試行錯誤を経て進化計算自体も進化する

TM ── 今後、小野研究室ではどのようなことに取り組んでいくのでしょうか?

小野 ── さらに大規模な問題、解決困難な問題に取り組んでいきたいと思っています。互いに相反する多くの目的を同時に満たす解を求めるという「多目的最適化問題」と呼ばれる問題があります。多目的最適化問題は、目指す目的の数が増えると扱う変数も増え、問題自体がどんどん複雑になるのが特徴です。ところが、こうした問題は現実の製品開発などではよく見られる問題なのです。

複数車種の同時最適化のベンチマーク問題 [10]を例に挙げましょう。自動車業界では、クルマの製造コストを減らすため、小型車、SUV、大型車といった複数の車種の間で、なるべく同じ部品を使いたいという発想があります。部材を大量発注できるので、コストダウンできるからです。しかし、大型車の部材だけで小型車をつくると当然重量が増えますから、燃費が悪くなります。では、小型車に合わせればよいかというと、衝突安全性能の確保の観点から大型車には相応の部品を使う必要があるのです。つまり、共通部品点数と重量は、トレードオフの関係にあります。

こうしたトレードオフの関係が存在する問題には、最適解が複数存在します。これを「パレート解」と呼びます。共通部品の共通化を重視した最適解もあれば、重量の軽減を重視した最適解もあるのです。

TM ── 確かに、複数の目的がある問題は、現実の生活やビジネス、社会の中に多くありそうです。

小野 ── こうした問題を迅速に解くことができれば、世の中に大きなインパクトを与えられます。それを求める人も多く、これらの問題を題材にして、多くの大学が解法を競うコンペティションが開催されています。

じつは、さきほどお話した「複数車種の同時最適化のベンチマーク問題」もコンペティションのために提供された問題です[11]。また、月探査の着陸船の最適な着陸地点を見つけ出す問題の解法を競うコンペティションも開催されました[12]。日陰になる日数を最小化し、地球との通信時間を最大化して、なるべく平らな着陸地点を選ぶというものです。

最近では、機械学習やロボットの制御でも同様ですが、研究を進めるうえでこうしたコンペティションへの取り組みがとても重要になっています。高等専門学校が積極的に取り組むロボコンも、高専生の技術力や学習意欲を高めるのに非常に役立っていると思います。明確な目標の実現に向けて多くの試行錯誤と失敗を経験することは、研究を推し進めるうえで非常に重要なのです。

得られた結果の背景にある本質を徹底的に探究

TM ── 学生を指導する際、どのような点に気をつけていますか。

小野 ── ディスカッションを重視し、常に「なぜ」を問いかけて、本人に考えてもらうように心がけています。中途半端な状態で納得せず、上手くいっても、いかなくても、なぜそうした結果が得られたのかひたすら問いかけるよう指導しています。

TM ── 試して得た結果の背景に何があるかを、しっかり自分の言葉で説明できるようになることが重要なのですね。

小野 ── とても重要です。取り組む問題が何なのかを言葉にできたら、研究としては相当いい線を行っていると思います。ゼミでは「1時間説明してもらって、その後1時間以上かけて研究室メンバー全員で質疑応答とディスカッションを行う」という時間をかけたスタイルで進めています。

ディスカッションの際は、まず、説明に用いる言葉の定義を明確にしてから議論を進めます。私たちの研究で扱う対象は抽象的なものが多いので、ディスカッションで用いる言葉を明確に定義しないと話が全く噛み合わなくなってしまうからです。そして、しっかりと問いかけができてはじめて、自分が持っていない視点を持つ人から貴重な気づきを得ることができます。研究の過程で得た結果に、時にもやもやとした違和感を覚えることがあります。しかし、そのことを誰にも語らないまま、意識の下に沈めてしまいがちです。それをまず言葉にして顕在化させないと、新しい知見は得られません。

TM ── 研究室の学生には、どのようなことを期待していますか?

小野 ── 学生が社会に出た際、当然、研究室で得た専門知識も活かして欲しいのですが、それ以上に研究の過程で培った問題を言葉にできるスキルや、相手と情報交換して取り組むべき課題を見つけるスキルを活かしてもらえたらうれしいです。そして、人を幸せにする、ワクワクするような技術を開発してほしいと考えています。

東京工業大学 情報理工学院東京工業大学 情報理工学院
[10]
小平 剛央, 釼持 寛正, 大山 聖, 立川 智章:応答曲面法を用いた複数車種の同時最適化ベンチマーク問題の提案, 進化計算学会論文誌, Vol.8, No.1, p.11-21 (2017).
[11]
http://is-csse-muroran.sakura.ne.jp/ec2017/EC2017compe.html
[12]
http://www.jpnsec.org/files/competition2018/EC-Symposium-2018-Competition.html

小野 功 准教授

Profile

小野 功(おの いさお)

東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 准教授

1970年生まれ。1994年3月東京工業大学工学部制御工学科卒業、1997年9月同大学院総合理工学研究科知能科学専攻博士課程修了。博士(工学)。同研究科リサーチアソシエイト、徳島大学工学部助手、同助教授、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻助教授を経て、2016年4月より現職。進化計算、最適化、強化学習などの研究に従事。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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