No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Expert Interviewエキスパートインタビュー

CMOSチップでアニーリングマシンを作製、
組合せ最適化問題を解く

2018.04.28

山岡 雅直
(株式会社日立製作所 研究開発グループ エレクトロニクスイノベーションセンタ 
情報エレクトロニクス研究部 主任研究員)

CMOSチップでアニーリングマシンを作製、組合せ最適化問題を解く

従来のノイマン型コンピュータ*1が苦手な問題として、組合せ最適化問題がある。典型的な例は、訪問する箇所をどのようなルートで行く道が最も短距離ですむかという、「巡回セールスマン問題」である。量子コンピュータはこの問題を解くことが得意だ。ただ、量子状態を観測するためには絶対零度(-273℃)近くまで冷却して格子振動*2の影響を取り除く必要があるため、大掛かりな冷却装置が欠かせない。そこで、冷却装置を使わずにこの問題を解けないだろうか、と考え実現したのが、日立製作所の研究開発グループが開発したCMOS半導体チップ*3だ。同社でCMOSアニーリングと呼ばれている、このチップの可能性を聞いた。

(インタビュー・文/津田 建二 写真/黒滝千里(アマナ))

山岡 雅直氏

── 新しいCMOSアニーリングマシンを開発した背景を教えてください。

スマート社会の実現に向け、これまではサイバー空間であるクラウドを中心に、コンピューティング技術が考えられてきましたが、現実にリアルタイム処理しようとすると、いちいちクラウドにアクセスしていたのでは即応性を実現するのは不可能です。それを打開するためには、現実社会のIoT端末そのもの、ゲートウェイと呼ばれるネットワークの接続点となるルータなどの機器類、または携帯のローカル基地局など、これらIoT端末に近い側(エッジ)でも、コンピューティング能力を持たなくてはなりません。そうなると、クラウドとエッジの両方を使う技術の開発が求められ、システムの最適化がスマート社会では必要になってきます。例えば、交通システムにおいて、渋滞を解消するためには交通量や移動コストを最適化しなければなりません。そこで、交通状況や各クルマの目的地などを入力パラメータとして、信号を制御するため最適化する――こうした最適化問題を効率よく解く必要が出てきます。

組合せ最適化問題の典型例としてよく取り上げられるのが、「巡回セールスマン問題」と言われる、いろいろな都市をどのような経路で訪問するのが最も効率が良いかを求める問題です(図1)。都市の数が少なければ解決は易しいのですが、都市の数が増えれば増えるほど大変な計算になってきます。

[図1] 巡回セールスマン問題を解く
提供:株式会社日立製作所研究開発グループ
巡回セールスマン問題を解く

最適化問題には他にも、サプライチェーンの物流コストの最小化や、電力送電網ならエネルギーの安定供給するための発電量と経路の最適化などの問題があります。また、ベンチャーキャピタルにとって、投資先をどのような順序で選んでいけばよいのかを決めるのにも使えます。

もう一つ、半導体の世界ではムーアの法則がそろそろ終焉を迎えると言われており、コンピュータアーキテクチャでも限界がきているように感じます。そこで、解き方を変えていかなければならないのではないかと思い、これまでとは全く違うコンピュータを開発しようと思いました。

つまり、組合せ最適化問題がこれから重要になってくるということと絡めて、この問題を違うアーキテクチャのコンピュータ手法で解いてみようということで開発を始めたんです。

── アメリカでは今、リブーティングコンピューティングイニシアチブ(Rebooting Computing Initiative)というポスト・ノイマン型コンピュータを目指した動きがありますが。

まさにその通りでして、我々もそれを目指しています。昨年11月にアメリカで行われたIEEE International Conference on Rebooting Computing (ICRC) という学会でも、我々は疑似的量子効果を考慮した技術を発表してきました(参考資料1)。我々の流れは、この流れに沿ったものです。ポスト・ノイマン型コンピューティングとして、量子コンピュータやAIなどいろいろなアーキテクチャを位置付けています。

[ 脚注 ]

*1
ノイマン型コンピュータ: 今日使われているコンピュータの方式。CPUとメモリ、バスを基本として構成され、命令とデータをメモリからとってきて制御と演算の機能を行う。
*2
格子振動: 全ての物質を構成する分子は絶対零度以上では必ず熱による振動を行っている。特に半導体のような結晶格子は原子間で格子振動を行う。これを止めなければ量子状態を観測できない。
*3
CMOS半導体チップ: 今の大規模集積回路(LSI)の主流となっている基本回路のこと。1か0の定常状態では電流が流れず、1から0、あるは0から1に遷移する時のみに電流が流れる。このため、動作周波数を上げると頻繁に遷移することから、多くの電流が流れてしまう。
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