No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

連載02

ニューノーマル時代にチャンスとなるテクノロジー

Series Report

第3回
新型コロナが新市場となるテクノロジー:タッチレス医療機器・感染ルート探索・テレワーク需要編

2020.11.20

文/津田建二

新型コロナが新市場となるテクノロジー:タッチレス医療機器・感染ルート探索・テレワーク需要編

第3回は、前回に続き、新型コロナと付き合いながら経済を回していく、ニューノーマル時代のテクノロジーを、さらに追及していく。やはりITを活用して、コロナを克服していくことになる。こういったITテクノロジーを生み出す原動力となるのは、やはり半導体である。半導体は、ITの3大テクノロジー要素(コンピュータ・通信・半導体)の一つだ。ニューノーマル時代のテクノロジーは、IT技術そのものといっても過言ではない。ここでは新型コロナに立ち向かうテクノロジーとして、遠隔地からも患者の様子をリアルタイムで診断できる遠隔無線診断装置や、感染経路探索、テレワーク需要などを紹介する。

このシリーズの連載第2回では、ミリ波によるタッチレス入力HMIやイメージングを紹介したが、この技術をさらに発展させ、ミリ波によって心臓の鼓動や呼吸を可視化するシステムを紹介しよう。新型コロナウイルスの最前線で働く、勇気ある医師団を守るためのテクノロジーが、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)のCSAIL(コンピュータ科学&AI研究所)にある。

[図1]MIT CSAILのDina Katabi教授
https://www.csail.mit.edu/news/gps-inside-your-body
MIT CSAILのDina Katabi教授

CSAILのDina Katabi教授(図1)は、自宅療養している患者の心拍状態(心電図のような波形)や呼吸の波形、さらには歩行状態か、横になっているかなどの様子を無線技術でリアルタイムに知ることのできるデバイス「Emerald」を開発した。Dina Katabi教授は、スタートアップEmerald Intelligence社(https://www.emeraldinno.com/)を設立、この無線センサデバイス「Emerald」を2020年に商品化した(図2)。商品の外形はWi-Fiルーターほどの箱で、ここから超高周波の電磁波(ミリ波レーダー)を発し、動いている人からの反射波をキャッチ、その人の呼吸波形、心拍波形、さらに歩行状態まで検出する。そして検出した後は、Wi-Fiを介してインターネットにつなぎ、そのデータを医師の元に届けるという仕組みである。

[図2]Wi-Fiルーター程度の大きさのEmerald
生体情報をミリ波レーダーでキャッチした後でWi-Fiに載せ、インターネットを介して医師の病院に自動的に送信する
出典:MIT CSAIL
Wi-Fiルーター程度の大きさのEmerald

このデバイスを患者が暮らす部屋に置く必要はない。Emeraldは隣の部屋から電磁波を発し、その反射波を受信することができるのだ。隣の部屋にいる患者(学生で実験)が歩き回る様子を捉え、丸い点の動きで表示する。電磁波は光と違って回り込むことができるため、まるでX線のように透過しているようにデータをとることができる。原理的にはレーダーと同じで、電磁波の反射波から物体の有無を検出する。周波数帯域を広くとれば距離の精度が向上し、映像はクリアになるが、プライバシーを考えて人を丸い点で表示する。丸い点が止まっていれば静止しており、ゆっくり動いていれば歩いていると判断できる。

丸い点が止まっていれば、心臓と肺からの反射波を観測することで、心臓の鼓動の波形や肺の呼吸の波形(図3)をモニターできる。この技術は、患者にセンサを取り付ける必要がないため、患者の負担は少ない。これまでの生体モニタリング技術では、心電図測定のように体に電極やセンサを貼っていた。そのため人によっては皮膚のかゆみやかぶれなどを引き起こすといった問題があった。また、電極を付けたままだと人間の行動が制約される。ただし、無線で飛ばす電波を使ったデータは、カメラと違って人物の姿を鮮明に描くことはできないため、プライバシーも守られる上、人を示す場合もAIで解析しやすく、かつデータ量を軽くするためスケルトンで表すこともできている。

[図3]新型コロナ患者の呼吸波形
4月7日時点では1分間に23回呼吸していたが、11日には18回に低下しており、回復している様子を知ることができる
https://www.csail.mit.edu/news/csail-device-lets-doctors-monitor-covid-19-patients-distance
新型コロナ患者の呼吸波形

デバイスのEmeraldを、患者がいる補助医療施設に設置した実証実験も行なわれた。Emeraldが患者の呼吸数や心拍数などを測定し、その結果をセルラー回線などで医師の元へ送信。医師は患者の呼吸波形のデータを毎日チェックするというものだ。実験では例えば、4月7日には呼吸回数が毎分23回だったが、11日には同18回に下がったことが観測できた。さらに患者の睡眠の質も改善され、自宅の周りを歩くことさえできるようになったことも観測できたなど、患者の挙動がこの装置でわかることが確認できた。

Emeraldを実際に使ってみたハーバード大学医学部のIpsit Vahia准教授は、「これまで患者の生体情報を得るためには、医師が患者と直接向き合わなければならなかったため、感染リスクが高まってきていた。Emeraldは患者と一切触れあわずに、患者の生体情報が得られるため、医師や看護師が感染するリスクを最小にできる」と述べている。

Katabi教授は、当初、Emeraldを独居老人の見守りデバイスとして開発した。今回の新型コロナウイルス感染拡大によって、病院や看護師、製薬会社との協力が実現し、リモートヘルスモニタリングへの用途が開けてきた。今後、期待されるのは、介護付き住宅や老人ホームでの利用だ。こうした場所や施設は高齢者が多く、何らかの疾患を持っているため、これまでは新型コロナの診断や治療が難しかったという。Emeraldは、新型コロナ以外にも、睡眠障害や筋骨関係の障害、肺疾患、神経疾患などのモニタリングにも応用できるとのことで、今後の普及に期待が高まる。

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