No.021 特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

No.021

特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

Expert Interviewエキスパートインタビュー

学習するAIと記号主義のAI

三宅 陽一郎氏

── ゲームの中で、例えばキャラクターが自分で考えて迂回した道を選んで進むという行動はどのようにして学習するのでしょうか?

その学習を説明する前に、これまで人工知能の技術には3回のブームがありましたので、技術の流れを紹介します。

AI研究には2系統あって、一つはニューラルネットワークです。脳の中のニューロンを電子回路として模倣するもので、コネクショニズムといいます。これが進化したのがディープラーニングです。

もう一つが検索エンジンに代表される記号主義型人工知能です。シンボルによって人工知能を表現します。この二つの系統で1960年から第1次ブームが起きました。その後1980年代にニューラルネットワークが改良されて、パターン認識で文字や画像を認識できるようになります。記号主義はルールベースを基本としたエキスパートシステムや、より高度な論理推論が発展していきます。これが第2次ブームです。第2次ブームまで「学習」という作業は、ほとんど使われませんでした。当時、学習はそこまで役に立つとは思われておらず、またマシンパワーや学習素材も少なく、第2次ブームは93〜94年ごろに終わりました。

やがてインターネット時代を迎え、ほとんど誰でもブログやSNS(Social Network Service)などを使い自分で情報を発信するようになると、テキスト、画像、動画データが大量にコンピュータ上に置かれるようになりました。さらにコンピュータが進化して高速になり、2006年にはディープラーニングの基礎になるオートエンコーダ法が開発され、これによって大量のデータをコネクショニズムでも学習できるようになりました。2010年過ぎくらいからディープラーニングが本格的に利用されるようになり、現在の第3次ブームが来ました。

第3次ブームからAI分野に入った人は、AI=学習という図式を持っています。しかし、第2次ブームからAIに取り組んでいる人たちは学習が虐げられた時代を知っており、しかもディープラーニングはAIの中の一つの分野にすぎないということもわかっています。ゲーム開発の歴史は、AIの第2次と第3次ブームにまたがっていますので、ゲームで使うAIは学習だけにこだわりません。シンボルによるアーキテクチャとラーニングを組み合わせた手法を追及しています。

キャラクターAIとパス検索技術

現在のゲームのキャラクターには、自分で判断し行動する自律的なキャラクターAIが使われています。さらに、マップにナビゲーション・メッシュと呼ばれる、キャラクターが動ける場所を三角形で敷き詰めた上で、キャラクターAIの位置や可動範囲を検索し、必要に応じて移動の最短経路や予測経路を計算することができます。これをパス検索アルゴリズム。と言います。

もともとゲーム用AI技術は、ほとんどロボティクスから借りてきたものです。私はゲーム用AIを研究する前に、ナビゲーション技術を研究していました。パス検索技術もキャラクターAIの元となる意思決定技術もロボットのナビゲーション技術から来ています。

昔はパス検索技術がなかったので、キャラクターには「直進せよ」という命令しか出せませんでした。このためキャラクターが一定の経路や、何もない部屋に閉じ込められるようなことが起きていたのです。今はゲーム内で移動経路を計算することができるようになり、これによってキャラクターたちは自分でマップの端から端まで歩くことができるようになりました。いわばゲーム内がオープンな世界になってキャラクターたちは自分で端まで行けるようになった訳です。以上の技術がゲームAIの基礎になっています。

ゲームでの意思決定の変遷

── ゲームでの意思決定はどのように変わったのでしょうか。

 これまではゲームの中で何か起きたら、次の行動を決めるという反射型の意思決定でしたが、現在のようにゲーム内の端から端までという長い距離を動けるようになると、未来の予測が必要になりました。例えばお城で王様に会って話を聞いた後、どこかで剣をもらってある場所に向かう、といったストーリーを描き、キャラクターに実行させる、ということが可能になっていますので、計画を立てて実行する意思決定がどんどん広がってきたのです。強力な思考も必要となり、2000年ごろからゲームの中に意思決定を入れるようになってきました。

── AIが意思決定するというのはどういうことでしょうか。

 その前にゲームに使われているAIを紹介しましょう。ゲーム内では三つのAIがあります。キャラクタ自身が持つキャラクタAIと、ナビゲーションAI、メタAIです(図1)。

[図1]ゲームで使う三つのAI
出典:株式会社スクウェア・エニックス
ゲームで使う三つのAI

キャラクターAIは自律的な判断を行い、仲間同士で協調する役割を持ちます。ナビゲーションAIは、ゲーム内の地形を解析し目的に応じた地点や、そこまでのパスを見つけ出します。もう一つのメタAIは、状況を監視し、キーとなる役割を適切なタイミングで、プレイヤーを楽しませるようにキャラクターに命令を出します。

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