Expert Interviewエキスパートインタビュー
── 商業的な音楽業界は巨大ですが、それとの距離はどのように保っていますか。
20年前にMUTEKを始めた頃、我々は何の一部でもありませんでした。当時はアーティストに連絡を取ると、本人とすぐに話せて「最近はどんな作品を作っているの?」とか「来年のフェスティバルに出てほしい」といったことを直接伝えることができました。
しかし、電子音楽も過去10年間で大きな業界となった。MUTEKから始まって有名になったアーティストもいますが、そうしたアーティストと我々の間には、マネージャーや出演契約交渉担当など何層もの人が関わるようになっています。我々のフェスティバルが彼らの関心を引かない、あるいはそもそも依頼が届いていないこともあるでしょう。
MUTEKはその意味で、音楽業界の端で活動しているわけですが、常に新しいものを追求するという元来の役割を考えると、我々が関心を持つのは新しいアーティストであり、発見やリスクを負うことであるのは自然のことと言えます。
── MUTEKは、モントリオール以外の世界6都市で開催されていますが、いつも地元コミュニティーを強調しています。それはなぜですか。
フェスティバルとはそういうものだと考えています。映画も音楽も文学もダンスも、新しいアートフォームを後押しするプラットフォームによって支えられてきた。デジタル・アートも、その分野のプロフェッショナルなフェスティバルを必要としており、それを通して実践家らのコミュニティーができる。そして、そのコミュニティーは地元のコミュニティーでなければならないと考えています。フェスティバルが地元コミュニティーとつながっていなければ、トップダウンの人工的な催しになってしまうからです。
MUTEKは世界各都市にオーガニックに広がり、現在メキシコ、バルセロナ、東京などでも開催されていますが、参加する半分は海外アーティストでもいいけれど、あと半分は地元アーティストになるようにというガイドラインを決めています。
── MUTEKの近年の変化は何ですか。
ここ数年で感じているのは、インクルージョンやダイバーシティーの必要性です。より多くの女性アーティストに参加してもらうのも当然ですが、ダイバーシティーはもっと広いものを指すでしょう。これまでクオリティーや体験に的を絞ってきたわけですが、社会的責任を捉えるとより多様性を盛り込まなければならない。最初は難しいことでしょうが、そのうちバランスが取れるようになり、これによってフェスティバルは豊かになると思っています。
── 今後の展望を聞かせて下さい。
今年はMUTEKがスタートして20周年だったので、先だってチームと話し合いをしたところです。モントリオールでは、5年前にもう一つのイベントであるIMG Forumを開催してきました。これはクリエイターが集まるコンファレンスで、電子音楽を超えて大きくデジタル・アートについて議論します。これまでMUTEKとは別に開催してきましたが、今年からMUTEKの開催期間中の昼のプログラムに位置付けています。そしてこれが、フェスティバル全体のパノラマを拡大するものになっていると感じるのです。モントリオールのデジタル・アートのエコシステムともつながり、また世界のMUTEKのネットワークでリーダー的な役割を果たしたい。その意味で、今後10年間のための種を植えられたと思っています。
Profile
アラン・モンゴー(Alain Mongeau)
「MUTEK」創業者、アーティスティック・ディレクター
ヨーロッパで体験した様々なフェスティバルにインスピレーションを得て、モントリオールでシンポジウムやイベントの開催に関わり、2000年にMutekをスタート、電子音楽を含むデジタル・クリエーションの実験の場として世界中に知られるフェスティバルに育て上げた。現在MutekはNPOとして運営され、フェスティバルはカナダ政府、ケベック州、モントリオール市などの助成金を中心に開催される。ケベック大学モントリオール校で博士号を取得。
Writer
瀧口 範子(たきぐち のりこ)
フリーランスの編集者・ジャーナリスト。
上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。