No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

Cross Talkクロストーク

心の揺れを察知して、心の拠り所となる自信を植え付ける

植村 啓太氏

── すると、心の正直な状態を知ることができるツールは、プロのメンタル管理にもアマチュアの指導にも有用かもしれませんね。

植村 ── 考えてみれば、ゴルフは選手が発する声から最も感情を読み取りやすいスポーツかもしれません。例えば、サッカーで試合中に選手が発する声は、「おい、速くカバーしろよ」とか、「そっちに回れ」といった戦術の指示に使われているので、そこから感情を読み取るのは難しいように思えます。テニスなども、「ウッ」といったかけ声は発しますが、そもそも会話自体がありません。

これに対し、ゴルフは、ほとんどが歩きながら独り言を言ったり、キャディーさんと会話したりしているわけですから、そこに次のショットの結果を左右する要因を探るヒントがたくさん含まれていることでしょう。一つひとつのプレーの間に選手の声が逐一挟まれている珍しいスポーツです。そうしたプレーとプレーの間の声をいろいろ分析していったら、おもしろいですね。そこから、悪い状態からいい状態にもっていくための方法を探ることができれば、とても助かります。

下地 ── 落ち着いていない時に、元に戻せる能力、考え方の切り替えができる人ならば、異常な状態になっていることを自覚することで、試合中に状態を戻したり、自主的なメンタルトレーニングに活用したりできそうですね。逆にメンタル的に弱い人は、自分のメンタル状態を知って余計に深みにはまってしまう可能性もありますが、プロの選手はメンタル的に強い人ばかりでしょうから、そうした心配はないかもしれません。

植村 ── そんなことないのですよ。ガラスの心を持つ選手は、意外とたくさんいます。確かに、池があっても100%入れない自信があり、仮にミスしたとしても「こんなのは1000回に1回の事故みたいなもの」と、すぐに割り切ってしまう選手もいます。それでも、どんな場面でも自信満々の選手は少なくて、だからこそ自信が持てるように誰もが練習を積み重ねるのです。一打一打に生活が掛かっているので、どうしても考えすぎてしまいがちです。

私の知り合いのプロの中に、すごく上手なのですが、ずっとプロになれなかった選手がいます。誰からも「受かる」と言われ続けていたのに、プロテストに4年連続で落ちていました。その選手は、最後のチャレンジと決めた年に、意を決し、毎朝4時半に起きて1時間走ることにしたそうです。1時間走ったからといって、技術が向上するわけでも、スコアの向上に直結するわけでもありません。でも、その選手は「毎朝4時半に起きて1時間、1年間走り続けた奴は他にいない。だから絶対に自分は勝てる」という心の拠り所がほしかったのです。そして、その年に合格しました。結果がでなかったのは、完全にメンタル面の問題だったのです。

下地 ── 心の根っこの部分に、自分が特別であるとか、誰にも負けないものを持っているということを自覚している人は、確かにメンタル的に強いですよね。

植村 ── そうなのです。上手くなりたいと望む選手は、常に自分の精神状態を自覚しておくべきなのです。そして、どのように振る舞えば心を整えることができるのか知っておけば、どんどん強くなりそうです。こうした自分の心の状態を知るツールをうまく使う人が増えれば、いい選手がたくさん育つことでしょう。心が弱っていることを自覚できないから、みんな目を背けてしまうのです。

自他共に認めるメンタルが弱い人でも、実は心を整えるために何をしたらいいのか分からない、どのような場面で弱くなっているのか分かっていないから、崩れてしまっているというのがほとんどではないでしょうか。まずは、弱くなる時の傾向を知ることがメンタルトレーニングの第一歩だと思います。

K's Island Golf Academy

トッププロも、体や技術の成長だけで強くなったわけではない

── 植村さんの目から見て、この選手はメンタルの管理、コントロールが上手いと感じる選手はいますか。

植村 ── やはり、強い選手はメンタル面も強いという印象ですが、片山晋呉選手は特にメンタル面の強さが際立っていると感じます。たまたま、2020年は彼のコーチをしており、横で見ていて、その強さを痛感します。片山選手は、生涯獲得賞金が尾崎将司(ジャンボ尾崎)選手に次ぐ2位であり、ツアーも何十勝もしている人です。とにかく判断が速いし、変なプライドもなく、常に自分のベストを選択できる揺れない心を持っています。また、これと決めたら突き進むといった点も心の強さの一端でしょうか。

下地 ── 片山選手は、もともと、メンタルのブレが小さいのでしょうか。それとも揺れた時の修正が速いのでしょうか。

植村 ── 経験を積んでいく中で、どんどん強くなっていったという感じです。片山選手は、高校生の時から技術的には上手かったのですが、身長に恵まれていませんでした。ジャンボ尾崎さんからは、「お前、その体では稼げないぞ。何かを考えないと、稼げないぞ」と言われたらしいのです。そこで片山選手は、普通の練習をしていたのでは自分は勝てないと思い、そこから練習量も、練習内容も、普段とる行動も、人と違うことをやり続けてきたそうです。それが、最終的に自信になり、強いメンタルを作り上げていったのではないでしょうか。

下地 ── まだ成長途中のジュニアの選手が上手くなっていく過程で、メンタル面で、どう成長していったかを数字で追えるとおもしろいかもしれません。飛躍的に勝つ頻度が高まったときの前後に何があったか見てみたいものです。おそらく、なだらかに成長する選手もいれば、短期間で一気に成長する選手もいると思います。後者の選手が、グンと成長した時の前後で何があったのかが知りたいものです。その過程にあった出来事などと関連付けながら解析すると、選手を育成するうえでの貴重な情報が分かるかもしれません。

選手の一挙手一投足を心の動きと関連付けて、結果を理解

植村 啓太氏

── 心の状態を客観的に調べることができるテクノロジーは、使いようによっては、とんでもない可能性を秘めていそうですね。

植村 ── 選手にとっても、コーチにとっても、とても有用なツールになると思いますね。心の状態はゴルフに限らず、あらゆるスポーツ、さらには受験など、人生を決めるような勝負にも大きく影響することだと思います。使いどころは、ゴルフだけではありませんね。

下地 ── お話を聞いていて、音声を通じて心の状態を知るだけでなく、日々の生活の中での心の動きを客観的に知るツールがあると、助かる人たちがたくさんいることが改めて分かりました。また、先ほどの片山選手が強い心を育んでいった過程の方法論を、ツールによって明確にしていくことができれば、より多くの人が確信をもってメンタル面を鍛えるために活用できると感じました。

植村 ── 声以外にも、目に見えるものや見えないものを、根こそぎデータを蓄積すると、さらにいろいろな心の変化がみえるのでしょうか。

下地 ── 視線の動きで心を読む試みをしている研究者もいます。

植村 ── ゴルフは、どこを見ているかがとても大事で、上手い人と下手な人では見ているところが全然違うようです。下手な人ほどボールしか見ていません。

下地 ── 視線をトラッキングできる「Vive Pro Eye 」という、バーチャルヘッドセットが最近登場しています。それを使って、コースを回っている上手い人の目線を見てみると、おもしろいと思います。ちなみに、音声から感情を読み取るようなEmpathのような装置は、試合中に持ち込むことはできるのですか。

植村 ── たぶん「ダメ」と言われてしまうでしょうね。もしも試験的にでもやるのがOKになったら、片山選手につけてもらいます。

── おもしろい話になってきました。

Cross Talk

心のスポーツ、ゴルフはAIでどう進化するのか

心のスポーツ、ゴルフはAIでどう進化するのか

前編 後編

Visiting Laboratories

工学院大学 工学部機械工学科 スポーツ流体研究室

生物をまねて高速泳法を創出、バレーボールの最適なボールも実現 ~ 流体力学をスポーツに応用

第1部 第2部

Series Report

連載01

ダウンサイジングが進む社会システムの新潮流

「発電所のダウンサイジング」で、エネルギーの効率的利用を可能に

第1回 第2回 第3回

連載02

アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー

「働くクルマのダウンサイジング」で農業と建設、物流に革新を

第1回 第2回 第3回

TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK