連載02
アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー
Series Report
流体力学を活用
テクノロジーはスポーツの分野によっても向き不向きがある。スキーのジャンプ競技では、古くから流体力学によるシミュレーションが用いられていた。ジャンプ競技は、きれいなフォームで、できるだけ遠くへ飛ぶことが求められる。ジャンプ台の出発点から滑り降りていくときは、できるだけ速度を落とさず、踏切台に来たら飛び出す。飛び出したら落ちていくだけだが、できるだけ浮力に乗って遠くまで空中に留まっていようとすることで飛距離を伸ばす(図1)。
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そのための姿勢の最適な条件は、踏切台までの空気抵抗を減らす姿勢と、飛び出した後の浮力を増すための姿勢となる。このふたつの姿勢に最適な空気の流れを流体力学の方程式を解いて求めるのだ。それも単なる平面の2次元から立体的な3次元の流体方程式を解くことになる。その結果、現在のような両手を後ろに伸ばして屈み込む姿勢を踏切台まで保ち、その後は前傾してスキー板とほぼ水平になるようなV字姿勢を保つようなスタイルになった。
空気抵抗を可視化する
空気の流れが人間の体にどのように作用するのか、流体力学を使って表現し、それを可視化していく。可視化には線を使って空気の流れを表現したり、色を変えて粗と密を表現したりする。スピードスケートや短距離の自転車競技では、先頭の選手が最も強い風を受け、体力を消耗することが流体力学のシミュレーションから視覚的にわかるようになってきた。
かつては、巨大な扇風機で風を起こして空気の流れを目で確認するといった風洞実験で、空気抵抗が少ない姿勢を求めていたが、最近ではスーパーコンピュータやHPC(高性能コンピューティング)を用いた数値計算で、空気の流れを可視化できるようになってきた。姿勢の向きを変えながら、どんな姿勢が最も空気抵抗を受けにくいか計算することで、最適な姿勢を求めることができる。
AI・機械学習の活用
最近注目されているのが、AI、特に機械学習を使ったデータ分析である。機械学習は、人間が精密なプログラミングをしなくても、さまざまなパターンを覚えさせることによって、新たなパターンを持ってきても、それを認識し、分類する。
この機械学習をスポーツに応用すると、どんなことができるようになるか。一つの例を野球に見ることができる。アメリカのデータセキュリティやデータ解析、コンサルティング事業などを手掛けるソリューションプロバイダーのBooz Allen Hamilton社戦略的イノベーショングループの技術者であるRay Hensberger氏は、メジャーリーグの主要投手が投げていた球種データを3シーズンに渡って蓄積し、分析した(参考資料1)。3シーズンで総投手の数は延べ900人に上ったという。彼はそのデータをモデル化し、機械学習でデータの特長を分類した。
その結果、ストレートやカーブ、スライダーなど、400球の球種を、74.5%の確率で当てられるようになった。彼が機械学習させたデータには、投げる時の塁上にいる選手の数や、左投か右投げか、ゲームの展開状況、カーブボールのリリース位置、ストレートの球速、ピッチの選択、スライダーの動きなどが含まれる。学習モデルの検証と学習の精度を上げるため、相互確認を繰り返しながら学習モデルの有効性を確認しているという。
選手を強くするという目的ではないが、IBMは機械学習専用のコンピュータである「ワトソン」を使って、18コートもあるテニスの試合のハイライトシーンを、わずか2分で自動編集できるようにした。ここでは、観客が騒ぐ映像や試合を決める最終シーン、選手のジェスチャーなどの映像から、ハイライトとなる信号を認識する。例えば、サービスエースを取った時やガッツポーズを見せた選手、歯を見せるほど大きな口を開けた仕草などを、ハイライト映像だとワトソンが認識し、ハイライトシーンに分類しておく(参考資料2)。
Bluetoothビーコンで選手の位置精度を上げる
最近のテクノロジーはAIだけではない。IoTを利用する応用も増えてきている。例えば、選手の衣服にGPS(Global Positioning System)を取り付けておけば、選手一人ひとりの行動がわかる。特にサッカーやラグビーのように10人以上の選手がいるスポーツに有効な手立てとなるはずだ。ただし、センサーだけでは解析できない。センサーからのデータを解析するためのAIなどの技術と組み合わせて使うことで威力を発揮する。
ただし、選手の位置を特定するにはGPSの精度は、まだ低い。GPSだけなら±10m程度の誤差が生じるが、GPSからの信号を参照する基地局を置き、その参照局とGPSからの信号との差分を取り、誤差を小さくする「ディファレンシャル(D)GPS法」を使えば誤差は±2mくらいに縮まる。これでもスポーツ選手の位置を特定するには不十分。本来、cm単位での誤差に収めなければならない。GPSに代わる最近のGNSS(Global Navigation Satellite System)だと、数十cmの誤差で済む。ただし、位置計測衛星を最低でも4機打ち上げなければ十分な精度は得られない。4元連立方程式を解かなければならないためだ。
そこで、オーストラリアのカタパルト・スポーツ社(Catapult Sports)は、サッカーやラグビーなど、多数の選手が一つのチームを構成するようなスポーツの選手一人ひとりの行動を、より明確に可視化させるためのデバイスを作製している。スマートフォンの半分程度の大きさのデバイスを、衣服の背中に設けたポケットに入れて(図2)、選手の行動を可視化するのだ。
選手の動きは、競技場の周囲に張り巡らされたBluetoothビーコン受信機を利用し(図3)、選手が身につけたデバイスからのBluetooth信号を受信し、その強度から位置を計算する。GPSだと精度が悪いが、このBluetoothビーコン方式だと10cm程度の誤差で選手の位置がわかるという。
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このデバイスには加速度センサーも搭載しているため、選手の活動量もわかる。リアルタイムで選手の動きを追跡し、ビデオ解析も利用して、選手がどのように動いてパスを出し、ゴールを狙ってボールを蹴ったかというようなデータを、収集、管理(紐づけ)、保存、解析する。これらをクラウドベースで行い、選手の動きが悪くなれば交替させる。