連載02
アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー
Series Report
海外はスポーツテクノロジーで先行
海外ではスポーツにテクノロジーを取り入れる動きが早かった。上述のジャンプ競技でも、1972年の札幌オリンピックで笠谷幸雄選手が金メダルを取った時は、助走時に手を前に置きながら姿勢を低くしていた。しかし2年後、無名だったドイツのアッシェンバッハ選手が手を後ろに置く助走スタイルで世界選手権を制覇して、スキー界に衝撃を与えた。流体力学の専門家に、この姿勢での空気抵抗を計算してもらったところ、手を前に置く従来方式よりも空気抵抗が少ないことがわかった。それ以来、ジャンパーは全て、このバックハンドスタイルに変わった。
イギリスでは、2012年のロンドンオリンピックを目指したプロジェクトが、その前から動いていた。ロンドンのインペリアルカレッジ(Imperial College London)は、スポーツを科学的に解析し理想的な体を作り、金メダルを量産するという目標(GOLDプロジェクト)を掲げて、バイオセンサーを開発、解析するチームとも連動していた。汗や血液、唾液などの体液の量のバイオマーカーの変化と身体能力や回復の程度などから、最適なウォーミングアップ方法や、短時間の回復方法を見つけようとしていた(参考資料3)。
この大学内には、ITからエレクトロニクス、医学生理学科など、デバイスからコンピュータアーキテクチャ、独自OSをはじめとするソフトウエア、モデリングと数値計算、生化学、物性材料など、スポーツテクノロジーを開発するために必要なリソースが揃っている。ここで、センサー信号と身体能力との相関関係、統計的データ処理、モデリング、身体能力を増すための器具の調整などを行っていた。
最近の問題は厚底靴
アスリートの身体能力を上げるために、テクノロジーを使うことは、長い間、黙認されてきた。しかし、運動競技でのテクノロジーの採用が却下される場合があった。それは、「競技力向上を手助けする人工装置」とみなされる場合だ。2008年の北京五輪で採用されたイギリスのSpeedo社の「レーザー・レーサー」水着が、この人工装置とみなされた。もちろん、そうではないという意見もあり、議論の余地があるだろう。
最近、注目されたのが、マラソン選手の足の負担を和らげる、ナイキの厚底シューズだ。このシューズを履いて、自己ベストの新記録を樹立した選手は多い。効果があることは間違いなさそうだ。膝や足が走行中に痛くならないならば、選手は自分のペースで新記録を狙えるようになる。
しかし、世界陸連はトラック競技におけるシューズとして、厚底シューズを規制する発表を2020年8月に行った(参考資料4、5)。競技種目によって許容される靴底の厚さは異なる(参考資料6)。例えば800m以下のトラックでは靴底20mm以内だが、マラソンのようなロードでは40mm以内が許容範囲とされている。
また、パラリンピックで使われる義足は、バネの構造を持っており、地面を蹴る力を補助してくれる。このため、健常者よりも優れた記録が生まれる可能性が指摘されている。これも人工装置とみなせないことはない。ただ、これを人工装置とみなせば、身体的なハンディキャップを負った人たちの競技への機会を奪いかねない。それを防ぐためにも、ロビー活動に相当するような、アスリート側からの意見や声を陸上大会主催者に届けることが必要になる。
連載の第2回は、アスリートのデータをどう取るか、テクノロジーを使うことが実はケガを防ぐことにもつながっていることをレポートする。連載の第3回目は、選手を助けるテクノロジーではなく、勝負の判定をもっと公平にできるテクノロジーについて紹介する。
[ 参考資料 ]
- 1.
- How Is Machine Learning Changing Sport? Innovation Enterprise
https://channels.theinnovationenterprise.com/articles/games-by-numbers-machine-learning-is-changing-sport
- 2.
- IBM Developer Outreach recap: Elevating sports with AI
https://developer.ibm.com/blogs/how-ibm-uses-ai-to-enhance-sports-fandom/
- 3.
- システムと一体化する第2世代のセンサ技術(2)-オリンピックに生かす英国
https://www.semiconportal.com/archive/editorial/technology/design/120222-sport.html
Writer
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。