No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Expert Interviewエキスパートインタビュー

山岡 雅直氏

── 量子アニーリング問題ではなく、超並列型を手段とする量子コンピュータとの違いは何ですか。

超並列を使うことを前提とした問題を解く量子コンピュータはゲート型と呼ばれていますが、これも重要な技術だと思います。ゲート型の量子コンピュータは最適化問題に特化しているわけではないので、既存のCPUと置き換えるなど、汎用的なコンピュータを目指しています。弊社内でも、イギリスに設置した日立ケンブリッジ研究所でゲート型の量子コンピュータに取り組んでいるところです。これも重要なアプローチでして、将来的には実現することを期待しています

ゲート型の量子コンピュータにも、問題はやはり二つあります。一つは、性能を上げるには大規模化することが重要ですが、現在はようやくGoogle社が72量子ビットまで到達した段階です。規模をもっと上げる必要があるので、実用化にはもう少し時間がかかると思います。もう一つは、これに乗せるアルゴリズムの問題です。ピーター・ショアのアルゴリズム(素因数分解を解くためのアルゴリズム)や検索のアルゴリズムも出てきていますが、汎用化するためにはもっとたくさんのアルゴリズムを開発する必要があります。これは、4〜5年程度の短いスパンで実現できる技術ではないでしょう。

── これに対して、CMOS技術にはムーアの法則の限界が迫っていますが、どのように対処していくのでしょうか。

私たちのCMOS技術は、デジタルを基本として拡張性を含めているので、大規模化に対しては、チップを多数つなぐことができるというメリットがあります。今後もまだまだ規模を大きくできると思いますよ。

また、3次元化するという手もあります。半導体技術にはたくさんの人がかかわっているので、限界が来ていきなり終わりになることはないと思います。

── CMOSアニーリングはほかにどの様に応用できるのでしょう?

応用はいろいろあります。無線基地局の周波数割り当てやドローンの通信順序の最適化、通信網の堅牢性確保、画像修復、爆発物探知の高速化などに加えて、スケジューリングの問題も解くことができます。例えば、高校野球のようにたくさんのチームの対戦をどのように構成していくか、工場のシフトをどう組むか、あるいは飲食店の人員をどう配置するかといったことにも使えます。

AIでも最適化処理が使われています。また、AIで最適化しようとする場合は、過去からのデータが蓄積されないと解くことはできませんが、今ある状態の最適化問題をリアルタイムで解くというのは、量子アニーリングの手法が得意とするところです。

── 今後の取り組みを教えてください。

いろいろな所に使ってもらうことに主眼を置いて開発を進めているので、実際に使ってもらうにはどうすべきかを考えています。そこで、使ってくれそうなユーザーを探して、共同で実証実験を行っていきたいと思います。

また、ユーザーのすそ野を広げたいので、ソフトウエアを開発するためのツールSDK(ソフトウエア開発キット)も作っていき、CMOS回路やFPGAボードと一緒にリリースすることも考えています。最初のSDKは弊社で開発し、それをユーザーに使ってもらい、そのフィードバックをもらって改良していくつもりです。

さらに、一般の方に組合せ最適化問題の応用を考えてもらうための仕掛けとして、今、北海道大学の電子科学研究所と共同研究を行っています。このマシンで使えるプログラムのコンテストを昨年2回行いました。すでに1000名くらいの方が、プログラムコンテストに登録しています。プログラムはアプリケーションではなく、アプリケーションの問題をこのマシンに使うための変換プログラムです。コンテストの応募者はすごい能力のある方ばかりなので、彼らの力を借りることが重要だと思います。

また、この技術を弊社が力を入れている、デジタルトランスフォーメーションのツールであるLumada(ルマーダ)*9の中に入れることが理想的だと思います。Lumadaは特にOT(現場)とITの融合を謳っていますが、工場や現場では最適化問題が多いのでLumadaに組み込むことを期待しています。

山岡 雅直氏山岡 雅直氏

[ 脚注 ]

*9
Lumada:
日立製作所がIoTプラットフォームと呼ぶ、データ収集・管理・解析・可視化などIoTに必要なソフトウエアのプラットフォーム。現実には、IoTのシステムをすべて含むだけではなく、社会課題の解決に使うAIやデジタルトランスフォーメーションまで包含するため、IoTに限定したシステムではなく大変幅広い。

[ 参考資料 ]

1.
ICRCで発表した論文資料
Takuya Okuyama ; Masato Hayashi ; Masanao Yamaoka An Ising Computer Based on Simulated Quantum Annealing by Path Integral Monte Carlo Method IEEE International Conference on Rebooting Computing (ICRC), 2017

山岡 雅直氏

Profile

山岡 雅直 (やまおか まさなお)

株式会社 日立製作所 研究開発グループ エレクトロニクスイノベーションセンタ 主任研究員
1998年京都大学大学院工学研究科修了後、日立製作所 中央研究所に入社。
半導体の低電力デジタル回路、とくに、低電力メモリ回路の研究開発に従事。
2007年に、京都大学大学院情報学研究科にて博士(情報学)取得。
2010年~2012年には、米国/IBMにてIBM-日立の共同プロジェクトに従事。
2012年より、新しい概念のコンピューティング技術の研究開発に従事。
現在、日立のCMOSアニーリングマシンの研究開発を牽引している。

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニスト。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。書籍「メガトレンド 半導体2014-2023」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)など。

http://newsandchips.com/

TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK