No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

連載02

ヒトの能力はどこまで強化・拡張できるのか

Series Report

アメリカでは軍用技術の民間利用も始まった

一方、軍関係の研究機関では、人の作業をアシストするというよりも、人の基礎的な身体能力を高めることを狙った研究が進められている。一般に、兵士を銃弾や爆発の衝撃などから守る装備を整えようとすると、どんどん重くなる。また、強力な武器というのも重いものだ。兵士がそうした防具や武器を装備すると、機動力が削がれ、動きが鈍くなり、疲労も蓄積しやすくなる。防御・攻撃力と機動力の間のトレードオフは、古代から現代に至るまで変わらない長年の課題だった。このトレードオフを解消するとともに機動力をより一層高めるために、アメリカ軍ではパワードスーツを使いたいと考えているようだ。

アメリカ国防総省の技術研究機関である国防高等研究計画局(DARPA)は、ウエアラブルなロボット技術によって兵士の能力を強化・拡張することを目的とした「Warrior Web Project」と呼ぶプロジェクトを進めていた。このプロジェクトで目指したパワードスーツは、「Web(クモの巣)」という言葉が入っていることから想像できるように、ワイヤーを張り巡らせた衣服で人の体を覆う構造を採っている。体の動きをセンサーで検知し、その情報にしたがってアシストすべき体の部位につながるワイヤーを小型のモーターで引っ張り上げて動きを補助する。例えば、歩く動作をアシストする場合には、足首を引っ張り上げる。

アメリカのベンチャー企業であるSuperflexは、先に紹介したDRAPAのWarrior Web Projectの成果を活用し、電流で膨らむ繊維材料で作った電気筋肉を動力源に使ってアシストするパワードスーツを、民生用に製品化しようとしている。Superflexでは、上から衣服を重ねて着ることができるパワードスーツを目指しているという(図6)。

[図6] 軍用技術を民間転用して開発したSuperflexのパワードスーツ「Aura」
出典:Superflex
軍用技術を民間転用して開発したSuperflexのパワードスーツ「Aura」

人間では不可能な身体能力を実現する

人が元々持っている身体能力を強化したり、補ったりするだけではなく、人間が持っていない能力を付加する研究も始まっている。例えば、マサチューセッツ工科大学では、「Supernumerary Robotic Limbs(SRL)」と呼ばれるロボットアームを背中に2本取り付けて、人が合計4本の腕を使って行う超人的な作業の研究を進めている(図7)。想定されるのは、たとえば航空機の製造工場にて、通常は作業員が2人必要なところを1人で受け持つといった用途だ。ロボットアームには人工知能が搭載されており、ユーザーの動作を自律的に支援することができる。ユーザーの腕に、3軸のジャイロと加速度計によって3次元の角速度と加速度を検出する慣性計測装置をつけることで、SRLはユーザーの動きを予測し、アームの動きを決定する。

[図7] MITが開発したSRL(背中に装着するロボットアーム)を使った航空機の組み立て作業
出典:MIT d’Arbeloff Labのホームページ
MITが開発したSRL(背中に装着するロボットアーム)を使った航空機の組み立て作業

また、今後はパワードスーツの新たな可能性として、人間ではとても手に負えないような繊細な仕事をこなすために活用するという用途もありそうだ。一般に、パワードスーツは、より大きな力を出したり、疲れずに長時間働いたりすることに焦点を当てて開発されることが多い。しかし、全く逆の方向への能力拡張にも可能性がある。

医療の世界では、インテュイティブサージカル製の手術支援ロボット「ダヴィンチ」が、世界中の医療現場で使われるようになった。ダヴィンチは人間よりも腕の数と関節の数が多いアームを持ち、極めて微細な手術を行う。ダヴィンチのアームは操作する際の手ぶれを防止でき、さらに外科医が手元で3cm動かすとロボットの手は1cm動くような精密制御可能な機能もある。これを発展させる形で、日本の医療機器ベンチャーであるリバーフィールドが、空気圧を用いた力覚フィードバック機能を備えた手術支援ロボットを開発した。外科医は、指先で患部の状態や手術用道具の状況を感じながら、慎重に手術を行うことができる。こうした感触を感じることなく手術を行うには、外科医にロボット操作の高度な技能が必要だ。しかし、力覚を感じることができるようになったことで、まさに外科医の手足に一歩近づいたと言える。

今回は、身体能力を強化・拡張するための技術の動きについて解説した。次回は、知的能力を強化・拡張するための動きを紹介していこう。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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