No.018 特集:スマートコミュニティと支える技術

No.018

特集:スマートコミュニティと支える技術

Expert Interviewエキスパートインタビュー

── 企業側がデータを共有しなくても、特別な技術を用いれば傾向が把握できるということですか。

簡単ではありませんが可能です。しかし、そのため調査には時間がかかります。データに関する合意を取るだけでもかなり難航しました。というのも、各共変量*4の有効性を個々に査定し、さらにその共変量に関連したどんなタイプのどんなレベルのデータを提供してくれるのかといったことを交渉しなければならなかったからです。それを経て、ようやく共変量を収集し統合できました。ことに両社は、ライドシェア・サービスで二社独占に近い状態にあり、競合会社には占有情報を絶対に知られたくない。しかし、そうしたデータへのアクセスや分析なしに、しっかりした政策を立てることはできません。

── 今回は調査でしたが、実際にスマートシティが動き出すと、そうしたデータの透明性のプロセスは誰が担うのでしょうか。それは競合会社に対して企業秘密を守るために第三者の企業が手がけることになるのでしょうか。それとも市でしょうか。

これもまた、画一的には決められないという例でしょう。もし財政上の余裕があれば、市が担うかもしれませんし、そうでなければ第三者の企業に依頼するかもしれません。

── TSRCでは、モビリティの現状について様々な調査を行っていますが、これまでの調査でなにか意外な結果はありましたか・

少し前の調査結果ですが、モビリティの他のソリューションがうまく機能すれば、人々は自家用車を必要としなくなるということと、その速さが予想以上だということがわかりました。特に周辺の土地利用や環境面が整備されていれば、人々はあっさりと車の所有を止めるのです。事前予想でも、一部の人々は自家用車を必要としなくなるとされていましたが、実際はそれ以上の結果でした。

── TSRCでは、新時代のモビリティが実現される際には、どんな人々もその恩恵を平等に受けるべきだという点を強調しています。これは例えば、クレジットカードを持っていない人が取り残されてはならないといったことです。しかし、クレジットカードを持っているかどうかは、社会経済的な古い格差の問題でもあります。モビリティのテクノロジーや発展の中に、そうした問題を解決できる鍵があるのでしょうか。

その可能性はあります。もちろん、テクノロジーは古くからある格差問題を、すぐに解決できるような魔法ではありません。われわれに必要なのは、社会としてこうした問題を生み出した原因を掘り起こすことです。例えば、AIは社会に隠れた差別的な行為も学習してしまいます。あらゆるサービスはAIによって自動化されることで、効率的かつ安価になると期待されますが、その一方で差別や格差を増幅する可能性もあるのです。

クレジットカードを持てない貧困層には、電子マネーやデビットカードによる支払いができるようにするとか、生体認証を利用してクレジットカードに代わる支払い方法を採ることなどが考えられるでしょう。あるいは、貧困層への財源再分配によって補助金を与えるといったことも考えられます。

こうした問題は、テクノロジーのみで解決できるものではなく、その前に差別が起きないようにすることが大切です。ライドシェアにおいては、アフリカ系アメリカ人を連想させる名字が表示された場合に、ドライバーが迎車を拒否するといったことも起こりました。また、現状では車椅子に対応する車両もほとんどありません。その一方で、治安に問題がありタクシーを捕まえるのが困難だった地域で、ライドシェアが活用されているという傾向もあります。ですからメリットとデメリットを意識して包括的に捉えることが必要です。

── ライドシェア・サービスなどのギグ・エコノミー*5は、人々が自由な時間帯に働くことができ、多くの人にちょっとしたお金を儲ける機会を与えるものとされていました。しかし、サービスが始まってしばらく経ってみると、ライドシェアのドライバーは、ほとんどがそれを職業にしているプロの運転手で、しかも都市部では客取り競争が激化しているように見えます。当初期待されていたような社会変化が起こったと思えず、まるで古い社会構造がそのまま新しいプラットフォームの上に移行したようです。こうしたことはモビリティの発展にどのような影響を与えますか。

そういった分野にこそ調査が必要です。それによって、どのような政策が必要なのかを検討しなくてはなりません。そして公共の視点から何を目指すのかを、市政府などのパブリック側と企業などのプライベート側が対話を通じて共有することが求められます。これは、モビリティの発展はその土地の環境に左右されるという、先ほど触れた点にも関連することです。

また、市民にどんな選択肢があるのか、車を走らせるのにどの程度のコストがかかるのかといったことも影響します。ヨーロッパやアジアのように公共交通機関のバックボーンがあり、都市密度も高い国では、自家用車の所有を止めることがより簡単です。しかし、アメリカの大部分のように細やかな公共交通機関もなく、既存の政策が自家用車所有前提だった地域では、簡単ではありません。

しかし、だからこそ、そこで期待されているのがモビリティの自動化です。自走車によって移動交通手段に接触することが簡単になれば、あてにならない公共のバスよりも乗り合いの自走車両の方が便利になるでしょう。新しいモビリティの発展は、その都市によってさまざまな形をとって進んでいくのです。

UCBUCB

[ 脚注 ]

*4
共変量:想定される因果関係における原因(独立変数)のうち、量的なもの。質的な独立変数は「要因」と呼ばれる。
*5
ギグ・エコノミー:ギグ(短期または単発)の仕事をインターネットを通じて受注する働き方や、それによって成立する経済形態のこと

Profile

スーザン・シャヒーン(Susan Shaheen)

カリフォルニア大学バークレー校(UCB)の交通持続可能性研究所(TSRC)の共同ディレクター。行動調査に基づいた未来のモビリティの受容と戦略立案についてはパイオニア的な存在で、ことにモビリティとシェアリング・エコノミーの関係を早くから取り上げてきた。ロチェスター大学で公共政策の修士号、カリフォルニア大学デービス校で交通のエネルギーと環境問題に着目したエコロジーで博士号を取得。UCBの土木および環境エンジニアリング学部の非常勤教授も務める。

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。
上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。

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