No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Expert Interviewエキスパートインタビュー

経営者の役割は競争戦略ストーリーをつくること

楠木 建氏

── 起業家は起業した瞬間から経営者となります。起業するまでは技術やアイデアだけで勝負できますが、経営者になるとそれだけでは不十分で、いろいろな役割が求められる。なかでも楠木先生は戦略立案を経営者の重要な役割と定められています。

経営者にはさまざまな役割が求められます。とは言え、ファイナンスや会計などのスキルはプロを雇うことができます。経営者がやらなければならないこと、そして経営者にしかできないことが「競争戦略の立案」です。こうやって儲けていこうという道筋、戦略をストーリーとしてつくって浸透させるのが、私の考える経営者の役割です。

競争相手との違いをつくるのが戦略だから、経営者はさまざまな違いを考えなければなりません。それらの違いを時間的な奥行きをもって結びつける。言い換えれば、論理的な因果関係で結びつけたものが競争戦略のストーリーです。

いくら違いをたくさんつくっても、それらを単純に組み合わせるだけでは戦略にはなりません。戦略とは数学で言う「順列」です。組み合わせと順列の違いは、時間軸が入っているかどうか。AとBという要素があったときに、組み合わせ「AB」と組み合わせ「BA」は同じだけれど、順列「AB」と順列「BA」では意味が違ってきます。たとえばビンタしてからぎゅっと抱きしめるのと、抱きしめたあとに突き放してビンタするのとでは、相手が受けとる意味がまったく違いますよね。

これほど情報があふれている環境では、どこも同じような要素、差別化ポイントを考えるわけです。そんな中で違いをつくり出すには、個々の要素で勝負するのではなく、違いの並べ方を考えなければなりません。論理でつながった時間的に奥行きのあるストーリーで違いを打ち出すというのは、経営者にしかできない仕事です。

── 時間軸を意識してストーリーを考えるということは、将来の事業環境を予測して戦略を組み立てるという意味でしょうか?

ストーリーとは、決して先を読むことではありません。そもそも将来など予測できるはずがない。「私は先を読めます」などという人がいたら、そんな人はまず信用できないと思ったほうがいい。いま流行りのAIがどれだけ発達したとしても、未来を正しく予想することなどできないでしょう。

AIを便利な飛び道具のように捉えている人が多いようですが、戦略を考えずに飛び道具に頼っても結果はついてきません。そもそも予想して当てるという考え方は、戦略的思考の対極と言わざるをえません。将来は読めないけれども、自分たちはこうやって儲けるのだというストーリーを組み立てて意思表明する。これこそが経営者の役割です。

だからこそ、論理が大切なのです。一連のストーリーが論理的につながっていないと、人に理解してもらえません。多くの人の理解や納得を獲得し、人を動かすのが経営です。だから人が理解できる論理が必要なのです。

違いは「好き嫌い」から生まれる

── 論理に基づく競争戦略を組み立てるためには、どうすればよいのでしょうか?

戦略とは、競争相手との違いをつくることに尽きます。では、違いとは何か。違いには2種類あります。ひとつはどちらが「ベター」なのかという違いで、この場合には違いを測る共通のモノさしがあります。もうひとつは「ディファレント」を問う場合で、これにモノさしはありません。

戦略とは、競争相手と「ディファレント」な存在になることです。他社より「ベター」だったとしても、それは戦略とはなりえない。とくに日本や欧米のように成熟した社会では、基本的に何ごとも「ベター」なレベルにすでに到達しています。そこで勝負しても、どんぐりの背くらべでしかない。

だから、まずディファレントなポジションを取ることが必要であり、ディファレントな何かをつくるのが戦略なのです。

── 「ディファレントなポジション」とは、具体的な企業の競争戦略で言うとどのようなことでしょうか?

たとえば、洋服の業界ならZARAとユニクロの違いがそれにあたります。両者は明らかに「ディファレント」です。ZARAは「ファストファッション」であり、若い人を対象に最新のファッションをショートサイクル、かつ比較的低コストで提供しています。この「ファストファッション」というコンセプトは、ファッションの世界でひとつのイノベーションとなりました。

これに対してユニクロは「ライフウェア」です。その主張はアンチファッション。服を「生活に必要な部品」として捉えているのです。だから対象は、世の中の8割ぐらいを占める普通の人です。「部品」であるから組み合わせ自由で汎用性が高い。ヒートテックやエアリズムに代表されるようにーつひとつに機能性があり、毎年アップグレードしていく。「ライフウェア」は「ファストファッション」ができたあとに洋服の世界で生まれた、とてつもないイノベーションだと思います。いずれにせよ、ZARAとユニクロはお互いに「ディファレント」であり、どちらが良いとか悪いという次元ではありません。

── 同じファッションの世界で勝負していても、明確な違いがあれば共存できるのですね。

そこがスポーツとビジネスの違いです。スポーツには勝者は一人しかいません。つまり誰かが勝てば、ほかの人は負ける。けれども、ビジネスの場合は同じ業界でも複数の勝者が存在しうるのです。

ただし、同じ勝者でありながら、両者には明らかな違いがある。ZARAにとって良いことは、ユニクロにとっては悪いことになり、逆もまた真なりです。要するに良し悪しでは判断できない次元に到達しているからこそ、両者は並び立つ。その次元に到達するためには、経営者が「好き嫌い」をはっきりさせなければならないのです。

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